映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ロスト・パラダイス・イン・トーキョー」

「ロスト・パラダイス・イン・トーキョー」
2020年5月23日(土)GYAO!にて鑑賞

~知的障害の兄と弟と風俗嬢の不思議な絆と彼らが見た夢

日本映画界で次々に話題作を送り出している白石和彌監督。「凶悪」「日本で一番悪い奴ら」「彼女がその名を知らない鳥たち」「孤狼の血」「止められるか、俺たちを」「凪待ち」「ひとよ」など、よくもまあこれだけのハイペースで映画が撮れるものだ。さすが若松孝二監督の下で修業しただけのことはある。

そんな白石監督の長編デビュー作が、「ロスト・パラダイス・イン・トーキョー」(2009年 日本)。2010年の公開当時、白石監督はもちろん無名。本作もけっして多くの映画館で上映されたわけではない。当然未見だ。いや、そもそもこんな映画があったことすら知らなかった。失礼しました。「おウチで旧作鑑賞」シリーズ第12弾は、この映画です。

3人の男女の物語だ。不動産会社でマンションの営業をする幹生(小林且弥)、その兄で知的障害を持つ実生(ウダタカキ/菟田高城)、そして秋葉原で地下アイドル活動をしながら風俗嬢をしているマリン(内田慈)。

実生は父親と暮らしていたが、その父が亡くなったため、幹生は実生を引き取って2人暮らしを始める。ある日、性欲処理ができない兄のために、幹生はデリヘル嬢のマリンを呼ぶ。こうして3人は知り合う。

知的障害という素材を扱ってはいるが、そこにフォーカスを絞ったドラマではない。幹生はマンションがまったく売れずに上司から叱責されている。マリンはとてもアイドルとは呼べないような年齢だが、いつか自分だけの島「アイランド」を購入したいという夢のため金を稼いでいた。そして、知的障害の実生。3人とも、社会の片隅でもがきながら生きている。そんな人々の触れ合い、心のぬくもりこそが本作の中心的なテーマだろう。

知り合ったからといって、いきなり彼らの日々が輝くわけではない。実生は目を離すと何をするかわからず、落書きをして警察沙汰になったりする。そのため、幹生は実生を家に閉じ込めようとする。それは実家で父がしていたことと同じであり、けっして良いことだと幹生は思ってはいない。だが、どうしようもない。

マリンはそんな幹生の行動をおかしいと指摘するが、立場上それ以上強くは言えない。そもそも幹生はマリンをただの風俗嬢としか見ていない。幹生とマリンは、初めのうちギクシャクした関係を続ける。

そんな中、マリンと実生の関係に興味を持ったドキュメンタリー・ディレクターが、その様子を撮影したいと申し出る。大金を払うという話に乗って、マリンと幹生はそれを承諾する。

正直なところ、島を買うために金が必要なマリンはともかく、幹生が話に乗る理由がよくわからなかったのだが、彼もまた現状から抜け出したいと思っていたのかもしれない。それが「アイランド」を手に入れるというマリンの夢とシンクロして、どう考えてもいかがわしい誘いに乗ってしまったのではないか。

それを裏付けるように、その撮影の直後に幹生はマリンとともに、「アイランド」を購入しに出かける。それは販売会社のスタッフが言うように、けっして夢に出てくるような理想的な島ではなかった。それでも、2人は迷うことなくその島を購入する。そこに、どれほど希望を見出していたかがわかるではないか。

白石監督の演出に仰々しさは全くない。撮影の辻智彦がドキュメンタリー畑の人だということもあって、ドキュメンタリータッチの映像が目立つ。そこからリアルな登場人物の心理が繊細に立ち上ってくる。例えば、普通のOLだったマリンが地下アイドルになったあたりの心情なども、細かな説明はまったくないのに、自然に伝わってくるのである。

そして同時に、彼らの日常からは力強さも感じられる。悩み苦しみ、それでも何とか前を向こうとするポジティブなエネルギーだ。その後の白石作品にも力強さと繊細さが同居した作品が多いように感じられるのだが、その片鱗が本作から見て取れた。

映画の後半、3人は共同生活を始める。それは奇妙だが、穏やかで温かな生活に思えた(幹生が何度も「ただいま」を言うシーンが印象深い)。だが、実生の過去にまつわるある出来事が起きて、微妙なバランスが崩れ、3人に波乱が訪れる。

そこまで観て、「これはやはり夢を追って敗れた人たちの物語なのだなぁ」と早合点してしまったのだが、何とまあその先には驚愕のラストが待っていた。「いくらなんでもあり得ないでしょう。あれは」とも思うのだが、この話自体を一種のファンタジーとして捉えれば、こういう展開もありかもしれない。何よりも「3人に希望を見つけさせてあげたい」という白石監督の思いが伝わってきて、後味はとても良かった。

ドキュメンタリー・ディレクターの人物造型があまりにもステレオタイプだったり、奥田瑛二が演じるある事件の被害者家族が極端なキャラだったりするなど、ツッコミどころもけっこうある作品だ。ラストに起きる交通事故も唐突過ぎる。

そうした粗削りな部分はあるのだが、それを上回る魅力がある。その後の白石作品に受け継がれた要素も見られる。何よりも人間がきちんと描けたドラマだと思う。

本作は各方面の評価も高く、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2009・SKIPシティアワード受賞をはじめ、ロッテルダム国際映画祭、釜山国際映画祭、ドバイ国際映画祭などにも正式出品作品されている。

最後になったが、小林且弥、内田慈、ウダタカキという主要な3人のキャストも自然体の演技で、本作にピッタリ合っていた。

特にマリンを演じた内田慈は、風俗嬢はともかく地下アイドルなんてどう考えても違和感ありありだと思って観ていたのだが、やがてその心理が手に取るように伝わってきて、不自然さが消えていった。ちなみに、2018年公開の彼女の主演作「ピンカートンに会いに行く」は元アイドルたちの再起をかけた大勝負を描いた作品で、個人的にとても好きな映画です。良かったらぜひそちらも。

◆「ロスト・パラダイス・イン・トーキョー」
(2009年 日本)(上映時間1時間55分)
監督:白石和彌
出演:小林且弥、内田慈、ウダタカキ(菟田高城)、奥田瑛二、米山善吉、磯部泰宏、市村直樹、草野速仁、重廣礼香、奈良坂篤
*動画配信サイトにて配信中。TCエンタテインメントよりDVD発売中
ホームページ

lostparadise.seesaa.net