映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ハーフネルソン」

ハーフネルソン
2020年5月22日(金)GYAO!にて鑑賞

~ドラッグ中毒の教師と女子生徒の交流。ライアン・ゴズリング出世作

さて、いきなりクイズです。ライアン・ゴズリングといえば、「ラ・ラ・ランド」(2016年)でアカデミー主演男優賞候補にも挙がったトップ俳優ですが、実は候補に挙がったのはこれが2度目。では、最初にアカデミー主演男優賞候補にノミネートされたのは、どの作品でしょうか?

この答えがわかる人は、よほどの映画通かゴズリング・ファンだろう。正解は2006年のアメリカ映画「ハーフネルソン」。当時は日本公開されず、公開されたのは製作から11年も経った2017年。配給会社・彩プロの「彩プロ30周年記念特集上映」(新宿K's cinema)にてようやく初上映された。

というわけで、「おウチで旧作鑑賞」シリーズ第11弾は、その「ハーフネルソン」(HALF NELSON)(2006年 アメリカ)を取り上げる。もちろん初鑑賞です。

身もふたもない言い方をすれば、ヤク中の学校の先生の話である。ニューヨーク・ブルックリンの中学校で歴史を教えている教師ダン(ライアン・ゴズリング)。型にはまらないダンの授業はそれなりに生徒の人気を集めているようだ。

だが、その一方、ダンは私生活ではドラッグ中毒から抜け出せずにいる。そしてある日、ダンは学校のトイレの個室でドラッグを吸っている現場を、女子生徒のドレイ(シャリーカ・エップス)に見つかってしまう。

本作はほぼ全編手持ちカメラで撮影されている。セリフは必要最低限。細かな説明などはまったくない。ドキュメンタリー的なタッチも感じられる作品だ。そこでは何が映されるのか?ダンやドレイなど登場人物の表情やしぐさをリアルに映しだし、そこから彼らの苦悩や葛藤、痛み、微かな希望と喜び、そして絶望など、多くのことを物語っていくのである。

ダンは最初から深い苦悩を抱えている。それはもちろんドラック絡みの苦悩だ。どうやら彼はリハビリをしたものの、結局、ドラッグから抜けられなかったらしい。そのため、元カノや家族との関係もギクシャクしたものになっていることがわかる。

一方、女子生徒のドレイも悩みを抱えている。救命士をしている彼女の母は仕事が忙しくてほとんど家にいない。近所には多数のドラッグディーラーがたむろするような劣悪な環境で、ドレイの兄も薬物を売った罪で刑務所にいる。実の父親とは疎遠なようだ。

闇を抱えた教師ダンと、孤独な日々を送る生徒のドレイ。お互いの孤独や苦悩が共鳴するかのようにダンとドレイは接近し、不思議な交流が始まる。それは年齢も、人種も越えた友情であり、同時に家族的な交流ともいえる。

そんなさりげなく、そして温かな交流が描かれる中盤。そこでも、ダンとドレイ、それぞれの様々に変化する心情が繊細に描き出される。

また、ダンが歴史の教師ということもあって、公民権運動やトランス・ジェンダーなどにまつわる歴史上の重要な事件について、生徒が語るシーンなども挿入されている。直接的にドラマの展開に影響を与える要素ではないが、黒人やヒスパニックの子供たちがほとんどである学校や、白人であるダンと黒人であるドレイの交流の背景として機能している。

ちなみに、ライアン・フレック監督の日本公開作品はあまりないようだが、マーベル映画初の女性主人公の単独映画「キャプテン・マーベル」(2019年)で、監督と共同脚本を務めている。

映画の中盤以降、ダンとドレイの間に微妙な波風が立つ。ドレイの周囲には、フランク(アンソニー・マッキー)という男がいて、何かと彼女に優しくする。実はフランクはドラックのディーラーだった。ダンはドレイをフランクから遠ざけようとするのだが……。

ダンはドレイがドラッグの世界に引きずり込まれることを恐れている。それは教師としての思いであると同時に、友人として、あるいはそこには父親的な視点も含まれているのかもしれない。何よりも、ドラッグの恐ろしさはダン自身が熟知している。だからこそ、ドレイとフランクを引き離そうとしたのだろう。

終盤、ダンが実家に顔を出し、父母や弟夫婦と久々に団欒を持つ場面が描かれる。そこでのダンの複雑な表情が印象深い。そうした穏やかな生活を望みつつも、自分にはけっして訪れないだろうことを予感し、心の底で忌避している様子が見て取れる。

そして、それと並行してドレイとフランクの交流が描かれる。ダンと家族との交流と合わせ鏡のように描かれるその場面が、その後の波乱の展開の予兆となる。

最後に突きつけられるのは残酷な事実。そこでのダンとドレイの複雑な表情が心をかき乱す。

しかし、ドラマは絶望のまま終わらない。髭をそったダンとドレイが最後に交わすさりげない会話。明確ではないものの、ほんのわずかな明日への希望がそこにあると感じるのは、楽観的過ぎるだろうか。

さすがにアカデミー主演男優賞候補にノミネートされただけあって、ライアン・ゴズリングの演技が素晴らしい。ラジカルな思想を持ちユーモアとウイットをもって生徒たちに接する一方、ドラッグがもたらす様々な負の連鎖にもがき苦しむ姿を巧みに表現。ひと言でいえばカッコよくて、痛々しくて、切ない。その繊細な心理描写は観応え十分だ。

そしてドレイ役のシャリーカ・エップスの等身大の演技もなかなかのものだ。こちらもセリフは少なく、全身で様々な心理を表現する。これが何とも出色の演技だった。

淡々とした静かな作品である。エンタメ的な盛り上がりはまったくない。ドラッグや黒人たちの危険な環境が大きな素材となっているが、それらについて声高にメッセージを発することもない。地味といえば地味。だが、心にジンワリとしみ込んでくる良質な人間ドラマだった。

でも、さすがにこれだけ地味だと、すぐに日本公開はされないよなぁ。当時はライアン・ゴズリングも今ほど知名度がなかっただろうし。

◆「ハーフネルソン」(HALF NELSON)
(2006年 アメリカ)(上映時間1時間46分)
監督:ライアン・フレック
出演:ライアン・ゴズリング、シャリーカ・エップス、アンソニー・マッキー、モニーク・ガブリエラ・カーネン、デニス・オヘア、スターラ・ベンフォード、ネイサン・コーベット、ジェフ・リマ、デボラ・ラッシュ、ジェイ・O・サンダース、ニコール・ヴィシウス、コリンズ・ペニー、ティナ・ホームズ、トリスタン・ワイルズ
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