映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ちひろさん」

ちひろさん」
2023年2月26日(日)シネマロサにて。午後1時40分より鑑賞(シネマ・ロサ1/C-10)

~孤独を抱えつつ、自由に、ひょうひょうと生きる、ちひろさんに癒やされる

 

Netflixで配信される作品の中には、一部の劇場で公開されるものも多い。「ちひろさん」もNetflixで2月23日から配信されると同時に一部劇場で公開になっている。

というわけでNetflix未加入の私は、劇場で鑑賞。

原作は安田弘之の漫画。監督は恋愛映画の名手の今泉力哉。主演は有村架純。それにしても最近の有村架純は向かうところ敵なしといった感じ。彼女の出演作にはハズレがない。今泉監督と組んだ本作でも素晴らしい演技を披露している。

海辺の小さな街にあるお弁当屋さんで働く女性ちひろ有村架純)。元風俗嬢であることを隠さずマイペースで生きる彼女は、誰に対しても分け隔てなく接していた。そんなちひろの言動が、周囲の人々の生き方に影響を与えていく。だが、実はちひろも孤独を抱えていた……。

主人公のちひろさんが実に魅力的だ。元風俗嬢ということを隠しもせずに、自由で、ひょうひょうと、軽々と生きている。冒頭の野良猫と戯れるシーンだけでそれがわかる。そして彼女は誰も差別しない。子供にいじめられていたホームレスのおじいさんを救い、自宅に連れて行って風呂に入らせる。それもごく自然に接するのだ。

そんなちひろさんの元には、吸い寄せられるかのように様々な人々が集まる。厳格な家族に息苦しさを覚える女子高生のオカジ(豊嶋花)。シングルマザーの元で暮らす小学生のマコト(嶋田鉄太)。父親との確執を抱え続ける青年・谷口(若葉竜也)。不登校でマンガ好きの女子高生・べっちん(長澤樹)。彼らはみんな、それぞれに孤独を抱えている。

ちひろさんは、そんな彼らに言葉をかけ、一緒に食事をし、みんなが少しでも前に進んで行けるように背中を押す。

その接し方が絶妙なのだ。大げさでもなく、わざとらしくもなく、場合によっては厳しいことも言う。彼女に会えば、誰でも少しは生きやすくなるのではないだろうか。観ているこちらも、そんな思いで癒されていくのである。

というと、ただの癒しの映画のように思うかもしれない。だが、それだけではない。ちひろさんは聖母でも菩薩でもない。普通の人間だ。ちひろさん自身も過去の出来事によって、孤独を抱えているのだ。途中からは、その孤独が描かれる。

明確な説明があるわけではないが、どうやら家族関係がその原因らしい。疎遠になっていた兄弟から連絡が入り、母が亡くなったことを知らされる。だが、ちひろさんは感情が動かずに、葬儀にも出席しないと告げる(のちに墓参には行くのだが)。

実は「ちひろ」という名前自体が本名ではなく、風俗嬢時代の源氏名なのだ。そして、元はと言えばちひろというのは、幼少時に彼女に優しくしてくれた女性の源氏名だったのだ。ちひろさんは、それだけ不幸な幼少時代を送っていたのである。

ちひろさんの孤独は深い。彼女が風俗嬢だった時に、客が口にした言葉が心に残る。人間はみんな宇宙人が箱に入っているようなもので、めったに同じ星の人間はいない。だから、わかりあえないのは当たり前なのだという。

それでも、ちひろさんはどこかに同じ星の人間がいるのではないかと思っている。同時に彼女は恋愛を信じていないし、セックスは生理現象だと言い切る。彼女自身、揺れる心を抱えているのだ。だからこそ、人にも動物にも優しく接するのだろう。

ちひろさんは、どこかで家族への憧れを持っている。再会した風俗店の元店長・内海(リリー・フランキー)には父親の影を見る。入院している弁当屋の店長の妻・多恵(風吹ジュン)には母親の影を見る。

特に多恵との交流は、ちひろさんを自らの孤独と向き合わせ、少しずつ彼女を変えていく。ある雨の夜、車で病院を抜け出した多恵とちひろさんの場面が心に染みる。今の自分を否定するかのようなちひろさんの言葉に対して、多恵は「今のあなたが好き」と言い、彼女を優しく抱きしめる。このシーンは必見である。

ラストはちひろさんの新たな出発を告げてドラマが終わる。

映画の終わった後には、劇場公開の特別サービス映像が流れる。ラーメン屋でのやりとりが描かれるのだが、これがオフビートの笑いで何ともいい感じなのだ。今泉監督らしいオマケ映像だ。映画館で観る人はぜひ最後まで席を立たないように。

お弁当をはじめ料理の美味しさも、この映画の魅力。それもまたちひろさんの生き方を鮮やかに際立たせる。

有村架純以外のキャストもなかなか良い。出演者の欄に書かれている以外にも、占部房子斉藤洋一郎といった日本映画の名バイプレーヤーが出演している。

得意の恋愛映画ではないが、今泉監督らしい温かな視線はこの映画でも健在。そして、有村架純の見事な演技が楽しめるとあれば、これは観ない手はないでしょう。

◆「ちひろさん」
(2022年 日本)(上映時間2時間11分)
監督:今泉力哉
出演:有村架純、豊嶋花、嶋田鉄太、van、若葉竜也佐久間由衣、長澤樹、市川実和子鈴木慶一根岸季衣平田満リリー・フランキー風吹ジュン
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://chihiro-san.asmik-ace.co.jp/

 


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