映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「アンダーカレント」

「アンダーカレント」
2023年10月6日(土)シネマサンシャイン池袋にて。午後3時10分より鑑賞(シアター10/f-13)

~人間の心の底流に流れるものを抑制的で繊細な語り口で描く

人間は一筋縄ではいかない。わかったようでいてわからない。曖昧模糊。不可思議極まりない存在だ。

そんな人間存在の曖昧さ、不可思議さを追求した映画が「アンダーカレント」だ。「愛がなんだ」「街の上で」などの恋愛映画で知られる今泉力哉監督が、今から20年近く前に発表された豊田徹也のコミックを実写映画化した。

映画の冒頭に、「Undercurrent」の意味が記される。それは「(水や空気などの)底流」のこと。少し範囲を広げて考えれば、人間の心にも当てはまるだろう。つまり、この映画は人間の心の底流にあるものを映し出すのだ。

その冒頭に続いて、蛇口から水が流れる場面が映る。水はこの映画で重要な意味を持つ。その水が注がれているのは銭湯の湯船。そこは主人公の関口かなえ(真木よう子)の経営する銭湯だ。

かなえは家業の銭湯を継ぎ、夫の悟(永山瑛太)とともに幸せな日々を送っていた。ところがある日、悟が突然失踪してしまう。途方に暮れて銭湯を一時休業していたかなえだが、ようやく営業を再開する。そこからドラマがスタートする。

かなえは、パートの木島敏江(中村久美)と2人で銭湯を切り盛りするが、なかなか大変だ。そんな中、銭湯組合に紹介されたという堀(井浦新)が現れ、「働きたい」と言う。堀は住み込みで働くことになる。

その一方、かなえは、友人のよう子(江口のりこ)に紹介された探偵の山崎(リリー・フランキー)に悟の捜索を依頼する……。

原作のコミックは未読だが、この映画にはかなりの分量の要素が詰め込まれている。だが、けっして窮屈な感じはしない。原作の切り取り方が巧みなのだろう(脚本は「愛がなんだ」の澤井香織と今泉監督)。

そして何より特徴的なのが、今泉監督の持ち味である抑制的で繊細な描写だ。セリフは極限まで削ぎ落され、余白で多くを物語る。夫の失踪で大いに心乱れているはずのかなえだが、仰々しくそれを表現するようなことはしない。日常の中のほんのわずかな機微で、様々な心の揺れ動きを伝える。

堀も寡黙な男だ。ちょっと見、何を考えているのかわからない。それが不気味な雰囲気を醸し出すのだが、よく見ていると、彼も何かの秘密を抱えて苦しんでいることがうかがえる。それが彼の心の底流にあるものらしい。

ドラマの序盤は、真面目に黙々と働く堀に対してかなえが好感を持つようになり、穏やかな日常を取り戻していく姿が描かれる。もちろん、それも抑制的に見せていく。

その一方で、この映画の随所には、あるイメージショットが挟まれる。かなえが、銭湯の湯船の水底に沈んでいくショットだ。それは徐々に明確なものになり始める。かなえが、首を絞められ沈んでいくのである。それは夢なのか、それとも過去の現実なのか。

そんな中、かなえは友人に紹介された探偵に、夫の失踪に関して調査を依頼する。彼女は夫がなぜ失踪したのかどうしても知りたかったのだ。

そこで登場するのが、リリー・フランキー演じる山崎(ヤマサキと呼ぶのが本当らしい)。これがまあどうにも胡散臭い男。その奇妙な言動がユル~イ笑いを巻き起こす。何しろ調査報告書を渡す場面に指定したのがカラオケ店で、思いっきりダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「裏切り者の旅」を熱唱するのである。

だが、実はこの探偵、意外に切れ者だったりする。「夫のことはわかっている」というかなえに対して、彼は問いかける。「人をわかるってどういうことですか?」。これこそまさに、本作のテーマの「人間の心の底流にあるもの」を示唆しているのではないか。

そして山崎は、悟が多くのウソをついていたことも暴く。はた目には仲の良い夫婦に見えたかなえと悟だが、そこにはお互いに口にはできない秘密があった。それを同じシーンのちょっとした違いで見せる今泉監督の仕掛けが見事だ。

後半、銭湯に通っていた小学生の女の子が、突然いなくなる。それを巡って、かなえが心の奥底に封印したはずの記憶がよみがえる。それは堀の秘密にもかかわるものだった。

そして、山崎の働きによって、終盤に大きなヤマ場が待ち受けている。どんな場面かはネタバレになるから言わないが、ここもまた劇的な展開とは無縁。静謐で抑制的で余白の多い場面だ。それがかえって、登場人物の乗り越え難い壁の高さを示していたりもする。今泉演出の究極の場面と言ってもいいだろう。

こうして、かなえ、悟、堀の三者が抱えた心の奥底にある秘密が明らかになり、ドラマはラストシーンを迎える。それは原作にない結末らしい。そこもまた余白を感じさせるシーンで解釈は人それぞれだろうが、個人的には温かな余韻を感じることができた。

かなえ、悟、堀のように、誰しも心の底流に抱えた秘密があるものだ。まったく裏表のない人物などいるはずがない(と私は思う)。私たちはみんな秘密を抱えて生きているのだ。

それを糾弾したり、その是非を問うような映画ではない。ありのままにそれを映し出し、人間存在の曖昧さや不可思議さをあぶり出してみせたのが、この映画である。そして、そこにはそんな人間を肯定する、今泉監督の優しい視線が感じられるのだ。

真木よう子井浦新永山瑛太は今さら言うまでもないが、素晴らしい演技である。特に真木のたたずまいは、それだけで多くのことを観客に伝えている。リリー・フランキー江口のりこ、中村久美、康すおんらの存在感も見逃せない。細野晴臣のツボを心得た音楽も良い。

◆「アンダーカレント」
(2023年 日本)(上映時間2時間23分)
監督:今泉力哉
出演:真木よう子井浦新江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央永山瑛太リリー・フランキー
新宿バルト9ほかにて公開中
ホームページ https://undercurrent-movie.com/

 


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