映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「かそけきサンカヨウ」

「かそけきサンカヨウ
2021年10月19日(火)シネ・リーブル池袋にて。午後3時30分より鑑賞(スクリーン2/H-3)

~静かで繊細な10代の少女の恋愛と家族のドラマ

ノートパソコンが壊れた。まだ買って3年弱。諦めるのももったいないので、とりあえず修理に出そうと思い池袋のヤマダ電機に行った。その帰り道、時間はまだ午後3時過ぎ。仕事はあるが、このまま帰るのはもったいない。そこで、久しぶりにシネ・リーブル池袋を覗いたら、「かそけきサンカヨウ」の上映時間にピッタリだったので鑑賞してきた。

窪美澄の短編小説を「愛がなんだ」「街の上で」などの今泉力哉監督が映画化した。今泉監督と言えば、恋愛映画の名手として知られるが、本作も10代の若者のみずみずしい恋模様を繊細なタッチで捉えている。

主人公の国木田陽(志田彩良)は高校生。幼い頃に母の佐千代(石田ひかり)が家を出てしまい、父の直(井浦新)とふたり暮らしの彼女は、家事も自分でこなしていた。そんなある日、父が再婚することになり、再婚相手の美子(菊池亜希子)とその連れ子の4歳のひなたとの4人家族の暮らしが始まる。そんな中、佐千代への思いを募らせていた陽は、絵描きである佐千代の個展に、同じ美術部の陸(鈴鹿央士)を誘って出かけるのだが……。

「1つめは恋愛、2つめは友情」というセリフから映画は始まる。何とも謎めいたオープニングだ。その意味は終盤になってわかる。

続いて映るのは喫茶店に集う高校生たち。陽とその友人たちだ。楽しく語らう彼ら。話題は人生で最初の記憶。陽はその時には答えられないのだが、その後ふとした瞬間に思い出す。サンカヨウ。とても珍しい植物だ。陽はそれを母の背で見た記憶がある。それは幼い頃に家を出た実母・佐千代の背中である。

本作の恋愛ドラマは、言うまでもなく陽と陸の淡い恋物語だ。陽は同じ美術部に所属する陸が好きになる。周囲もお似合いだという。陸は陽の家にも遊びに来る。

だが、陽の告白に対して陸は「わからない」と言う。彼は心臓の病気を抱えて、夏休みに手術をする。そのため、以前は熱中していたバスケを諦め、今は何もやりたいことが見つからなかった。そのコンプレックスもあって、陸は「自分の好き」と「陽の好き」が一緒かどうかわからないと言うのだ。

そんなふたりの胸の奥底で揺れ動く感情を、今泉監督はこれ以上ないほど繊細に描写する。それはほんのちょっとした揺らぎだ。2人のささいなしぐさや表情、セリフから、彼らの心の機微を映し出す。

本作で描かれるのは恋愛ドラマだけではない。家族をめぐるドラマも描かれる。それは陽の家族のドラマだ。父と2人で暮らしていた陽。そこにやってきた父の再婚相手の美子と、その連れ子のひなた。表面的には今までと何も変わっていないように見えるが、陽の心の中にはさざ波が立つ。そのさざ波を丁寧にすくい取っていく。

陽と美子の距離感がとても良い。下手をすれば衝突しかねない場面でも、その寸前でお互いを思いやり、穏やかな関係性を保つ。その微妙なさじ加減が心地よい。

陽と実母・佐千代とのドラマも、さりげないけれど印象深い。最悪の再会をする2人。陽はそのことで大いに傷つく。その場面は、この映画で唯一といってもいい感情が激する場面だ。そして傷ついた陽を父の直が優しく受け止める。そのことが陽と佐千代との関係を良い方向に向かわせる。

ちなみに、この映画では何度か長回しの場面が登場するが、その中でも直が陽に語りかける場面は秀逸だ。ショックを受けて帰ってきた陽に対して、静かに佐千代と3人で暮らしていた時のことを語り、佐千代が家を出るに至る経緯を説明する。陽の心の中の波紋が徐々に静まっていく様子が、手に取るように伝わってくる。

家族のドラマはまだある。陸の家族のドラマだ。彼の父は海外で仕事をしていて、ほとんど日本に帰ってこない。母と祖母と暮らす陸だが、2人の仲は良くないように見える。だが、実は母の心の奥には陸が想像もしなかった思いがあったのだ。この家族に対しても、今泉監督は温かな視線を向ける。

今泉監督の繊細な演出に応えた役者たちの演技も光る。特に志田彩良が素晴らしい。どこにでもいる普通の子に見えるのだが、確固とした存在感が感じられる演技だ。彼女と義母役の菊池亜希子との静かなやり取りは、この映画の肝と言ってもいいだろう。井浦新の言わずもがなの名演、鈴鹿央士の初々しさ、西田尚美のたくましさ、石田ひかりの透明感も見逃せない。

劇的なことはほとんど起きない。静かでささやかな映画だ。悪人も登場しない。10代後半の多感な男女を中心に据えても、強い葛藤や反発はあまり描かれない。だからこそリアルに心に響く。

こういう映画はとても珍しい気がする。今泉監督ならではの世界かもしれない。その繊細さが心地よくて観ていて癖になる。観終わって穏やかな気持ちで映画館をあとにした。

 

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◆「かそけきサンカヨウ
(2021年 日本)(上映時間1時間55分)
監督:今泉力哉
出演:志田彩良井浦新鈴鹿央士、中井友望、鎌田らい樹、遠藤雄斗、石川恋、鈴木咲、古屋隆太、芹澤興人、海沼未羽、鷺坂陽菜、和宥、辻凪子、佐藤凛月、菊池亜希子、梅沢昌代、西田尚美石田ひかり
テアトル新宿ほかにて公開中
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