映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「わたし達はおとな」

「わたし達はおとな」
2022年6月23日(木)新宿武蔵野館にて。午後1時15分より鑑賞(スクリーン1/C-4)

~あまりにリアルな20代の若者の恋愛模様

2018年製作の瀬々敬久監督「菊とギロチン」は、私も製作費をカンパしただけに(数万円ですが……)思い入れが深い映画だ。そこで一躍主役に抜擢されたのが木竜麻生。女相撲に飛び込んだヒロインを力強く演じていたが、その後も映画「鈴木家の嘘」やテレビドラマで活躍しているのはうれしい限り。

その木竜麻生が主演を務めた映画が、20代の若者の恋愛を描いた「わたし達はおとな」である。

大学でデザインを学ぶ優実(木竜麻生)は、知人の演劇サークルのチラシ作成をきっかけに直哉(藤原季節)と恋仲になり一緒に暮らしている。ある日、優実は自分が妊娠していることに気づくが、お腹の子の父親が直哉だと確信できずにいた。悩みながらもその事実を直哉に告げる優実。直哉は現実を受け入れようとするが、次第に2人の思いはすれ違っていく。

この映画の最大の特徴は半端ないリアリティにある。まるでアドリブのような自然な会話。画角の狭いスクリーンサイズ。手持ちカメラの揺れる映像。何から何までリアルさにあふれている。

早い話が描かれていること自体は他愛もないことだ。男女のあれこれ、痴話ゲンカなど、どこにでも転がっているだろう。それゆえ、ともすれば飽きてしまいがちなのだが、そうはならない。あまりに圧倒的なリアルさのせいで、つい見入ってしまうのだ。

ドラマは現在と過去が入り乱れる。優実の妊娠をきっかけに、恋人の直哉との仲が変化し始める。もしかしたら他人の子かもしれないと知った直哉は、演劇の道を諦めて父親になると決意を告げる。だが、その一方でDNA鑑定をしたいと言い始めて、優実に複雑な感情を抱かせる。

こうした現在進行形のドラマと並行して、過去の出来事が描かれる。演劇サークルのチラシ作成をきっかけにした2人の出会い、気恥ずかしいぐらいに微笑ましい2人の恋模様。しかし、直哉は元カノと暮らしていて……。

まあ、はっきり言って直哉はクズ野郎である。あれこれ言い訳しているが、元カノとの関係を清算しないままに優実とつきあっているのだ。その後も一緒に暮らしながら一度は別れている(これも元カノ絡みで)。それに対して優実も軽率と言えば軽率だ。直哉と別れた直後に、半ば無理やりとはいえ男と関係するのだから。

だがなぁ~、いるんだよなぁ~。ああいうのが、どこにでも。それがまたリアルなわけだ。

細かな描写もリアル。例えば優実の母が死んで、実家に戻って亡骸と対面しても、わざとらしく泣きわめいたりはしない。その脇で父親に淡々と近況報告をするのだ。悲しみの大きさが涙の量に比例するとは限らないのである。

終盤には圧巻の長回しシーンが何度か出てくる。2人が決定的にすれ違うシーンだ。怒鳴り合うお互いの言葉が空疎に空回りする。その関係性は、もはやどうにもならないところまで来ていることは自明の理である。

というわけで、エンディングも救いがない。エンドロール中とその後に、優実が料理を作り食べるシーンが映し出されるが、それが何とも意味深である。

私はあんな経験したことないですけどね。たぶん身につまされる人も多いんだろうなぁ。今の大学生って実際にあんな感じなのかもね。そのぐらいリアルな映画なのであった。

タイトルにあるように、2人をはじめ登場する大学生は一見「わたし達はおとな」である。だが、やっていることには子供っぽさもつきまとう。大人と子供の中間地点をフワフワ漂っているのが今の大学生かもしれない。

それにしても、出色のリアルさを醸し出した木竜麻生の演技が見事である。ここまで成長したかと思うと、まるで我が子を見るかのようにうれしいオジサンなのであった。そして、相手役の藤原季節もこれまた素晴らしい演技。

その演技を引き出した監督・脚本の加藤拓也の才能にも驚かされた。TV「きれいのくに」で第10回市川森一脚本賞を受賞したほか、自身が主宰する「劇団た組」でも注目を集める劇作家・演出家とのこと。これが長編監督デビュー作だが、今後が楽しみである。

若者の恋愛映画とはいえキラキラとした輝きがあるわけではない。むしろ見ると暗い気持ちになる。それでもリアルさは格別。隣の家のカップルを覗き見るかのような体験ができる映画である。

◆「わたし達はおとな」
(2022年 日本)(上映時間1時間49分)
監督・脚本:加藤拓也
出演:木竜麻生、藤原季節、菅野莉央、清水くるみ、森田想、桜田通、山崎紘菜片岡礼子石田ひかり佐戸井けん太
新宿武蔵野館ほかにて公開中


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