映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ほつれる」

「ほつれる」
2023年9月9日(土)シネクイントにて。午後2時25分より鑑賞(スクリーン2/D-7)

~演劇畑の監督が別れる男女の複雑な心理を繊細に描く

映画と演劇で大きく違うのは、映画が繊細な描写ができるのに対して、演劇ではそれがなかなか難しいことではないだろうか。映画はアップの映像で人物をとらえられるが、演劇はそれができない。

そんな演劇畑出身にもかかわらず、繊細過ぎる描写を得意とする映画監督がいる。木竜麻生と藤原季節が共演した前作「わたし達はおとな」で、大学生カップルの間に生じた溝を描いた加藤拓也監督である。加藤監督は自身で劇団を率いて舞台で活躍している。演劇と映画では別のスイッチが入るのだろうか?

最新作「ほつれる」はある夫婦のドラマ。夫・文則(田村健太郎)との関係がすっかり冷め切っている綿子(門脇麦)は、友人の紹介で知り合った木村(染谷将太)と秘かに関係を持っていた。しかし、2人が旅行から戻った日に、綿子の目の前で木村が事故死してしまう。文則はそのことを知らず、夫婦関係を修復しようとする。綿子もふだんと変わらない日常を過ごしていくのだが……。

1組の夫婦の離婚話である。そこに不倫が絡んでくるが、はっきり言ってどうでもいい話である。だが、そのどうでもいい話が、加藤監督の手にかかるとすさまじくリアルで目が離せないドラマになってしまう。

とにかく前作同様に、登場人物の心理描写が恐ろしく繊細なのだ。滑り出しからそれがわかる。朝から出かける身支度をする綿子。どこかウキウキしている。だが、夫の文則との会話ではそれを悟られないようにする。夫とはうまくいっていないことが、その空気だけでわかる。

そして出かける綿子。旅行に行くのだ。列車で隣の座席にいるのは木村。彼にも妻がいて、2人はW不倫しているのである。何とも楽しそうな2人。だが、それと同時にそれぞれのパートナーに対する後ろめたさもほんの少しだけある。

このように登場人物の胸中は複雑なのである。それを的確に映しとっていく。セリフの端々から、ちょっとしたしぐさから、表情の微妙な変化から。いや、そこに人物が立っているだけで、その心情が伝わってくるのである。

綿子と村上は旅行から帰ってレストランで食事をする。そして次に会う日を約束して別れる。次の瞬間、交通事故が起きる。村上が被害者らしい。だが、その現場は遠くから映すだけだ。その代わり綿子の狼狽ぶりを丁寧に映しだす。極端な感情の変化ではない。一度救急に電話しながら、他にも誰かが通報するだろうと電話を切ってしまう綿子。もちろん自分の不倫が露見することを恐れての行動だろう。その後ろ姿で彼女の千々に乱れる心を映し出す。

その後、家に帰って平静を装いつつも、その隙間にショックの色が見え隠れする。そして、その後スーパーで買い物をしている時に、友人の英梨(黒木華)からの電話で村上の死を知る。そこでの綿子の心理描写も絶品だ。泣き叫んだりするわけではない。ここでも平静を装いつつ、大きなショックを受けていることが行間から伝わってくる。

というように、全編に渡って登場人物の心理を繊細に切り取っているのだ。おかげでスクリーンから目が離せない。話の中身は陳腐と言えば陳腐。特に結婚したことも、不倫したこともない(当たり前か)私のような人間には、あまりピンとこない話のはずなのだが、それでもリアルに感じられるから、あら不思議。

その後、葬式に出なかった罪悪感もあり、綿子は英梨との旅の途中で木村の故郷に立ち寄り墓参をする。そこで出くわした木村の父・哲也(古舘寛治)と立ち話をする。その最中、文則から電話がかかってくる。綿子は文則と新居の内覧に行くという約束を忘れていた。言い訳をする綿子に、文則は冷めた怒りを漂わせ、英梨と哲也を次々と電話口に呼び出す。その描写もこれまた絶品なのだ。

まあ、もともとこの夫婦、自分たちも不倫から始まったらしいのだが。そのため文則には前妻との間に子供がいて、時々面倒を見ているらしい。また、文則の母と綿子は折り合いが悪いらしい。

そういうことが積もりに積もって現在の冷たい関係になっているわけだが、それでも2人は一度は仲直りしかかる。その無邪気な態度も巧みに描写する。しかし、そこで綿子が木村に贈られた指輪をなくして右往左往するようになり、破局に向かってどんどん追い詰められていくのだ。

そんな中、綿子と木村の妻が面と向かって話す場面がある。激しいバトルが炸裂するかと思いきや、両者の中には様々な感情が渦巻いて、表面的には静かな話し合いとなる。そこで、木村の妻は後ろ姿だけを映し、綿子だけを正面から映す。このあたりも何とも巧みである。

ラスト近くの修羅場も見もの。今まで溜まりに溜まっていたものが噴出し、凄まじい怒鳴り合いになるのだが、詳しくは映画をご覧くださいませ。

本当に絶品の描写力。しかし、まあ、それを可能にしたのも門脇麦をはじめキャストの繊細な演技力のおかげ。そのため最後までつい見入ってしまったではないか。

できれば、加藤監督には次回作ではもう少しひねった話で、その心理描写の巧みさを発揮して欲しいものだと思ったりもするのである。

◆「ほつれる」
(2023年 日本)(上映時間1時間24分)
監督・脚本:加藤拓也
出演:門脇麦、田村健太郎黒木華古舘寛治安藤聖佐藤ケイ金子岳憲秋元龍太朗、安川まり、染谷将太
新宿ピカデリー、シネクイントほかにて公開中
ホームページ https://bitters.co.jp/hotsureru/

 


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