映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「れいこいるか」

「れいこいるか」
2020年9月2日(水)新宿K’s cinemaにて。午後12時15分より鑑賞(自由席/整理番号12)。

~震災で娘を失った夫婦のその後をユニークなタッチで

思えば東日本大震災の時には、東京がすさまじい揺れに襲われたこともあり、ある程度リアルな出来事として捉えることができた(現地の人々の体験には及ぶべくもないが)。それに対して、阪神淡路大震災はマスコミ報道等を通して情報を得ることが多く、どこか距離感を感じたりもしたものだ。

それでも、2011年公開の森山未來佐藤江梨子共演の「その街のこども 劇場版」をはじめとする阪神淡路大震災を素材にした映画を観て、その被害が多くの人々の人生を狂わせたことを実感せずにはいられなかった。

「れいこいるか」(2019年 日本)も阪神淡路大震災を扱った映画だ。新宿K’s cinemaでの鑑賞後に登場した、いまおかしんじ監督が語るところでは、震災から間もない頃にピンク映画として脚本を書いたものの映画化は実現せず、数年前に「150万出すから好きに映画を撮っていい」という人が現れて、今度こそ映画化にこぎつけたとのこと。時間の流れを考えて、脚本は佐藤稔とともに書き直している(クレジットは佐藤稔のみ)。

映画の冒頭に映るのは海辺の風景だ。1995年、神戸に暮らす伊智子(武田暁)と太助(河屋秀俊)が、幼い娘のれいことともに楽しい時間を過ごしている。3人は直前に水族園でイルカのショーを見てきたようで、れいこはイルカのぬいぐるみを手にしている。

そして、あの日がやって来る。太助は1人でれいこを寝かしつける。明け方になっても伊智子は帰ってこない。彼女は男とホテルで不倫をしていたのである。まもなく震災が襲い、れいこは亡くなる。その後、2人は離婚する……。

というわけで、震災で娘を亡くした夫婦のその後を描くドラマである。伊智子は何度か結婚離婚を繰り返し(その相手がすべて太助同様に物書きだというのが面白いが)、さらには視力を失うという過酷な体験をする。一方、太助はあることから罪を犯してしまい、刑務所に入ることになる。

などというと、深刻で重苦しい映画を思い浮かべるかもしれないが、実際はまったく違う。実は冒頭の海辺のシーンで、真っ先に登場するのはウルトラセブンを呼ぶヘンな男なのだ。この男は、その後も何度も登場して笑いを誘う。

また、震災時に不倫をしていた伊智子は震災のショックからか、膣痙攣を起こして大変なことになる(この件はもしかしてピンク映画の脚本の名残か?)。しかも、その不倫相手の男が、やがてバーの「ママ」となって登場するのだ。これが笑わずにいられようか。

その他にも不思議な登場人物が奇妙な行動をする。舞台となる関西の下町の路地裏や酒店の独特な雰囲気、その住人たちの関西人らしいボケとツッコミの会話などもあって、全編がユーモアに満ちた映画となっている。

このドラマは、ある種の寓話的な世界なのかもしれない。唐突な展開などもあり、現実と虚構の境界線上で展開されているドラマのようにも思えた。ただし、それは絵空事の世界ではない。そこから伝わってくるのはリアルな人間の心情だ。むろん、それは伊智子と太助の悲しみと悔恨の情、やり場のない怒り、埋めようがない心の隙間である。さらに、それを通して、人生の不条理さや複雑さ、人間のどうしようもなさなどが垣間見えてくる。

演出的に興味深かったのは、この手の低予算インディーズ映画によくある手持ちカメラによるアップの多様があまりなく、引き気味のショットが多いこと。登場人物の表情を追うよりも、むしろセリフとしぐさで感情描写をするところが逆に新鮮に思えた。その一方で、太助が罪を犯す場面などは、スローモーションとうるさいほどのセミの音で盛り上げるなど、メリハリある映像が見られた。

それぞれに波乱の日々を送った伊智子と太助は、2018年に久々に再会する。そんな終盤にも寓話的な展開が用意される。かつて家族で出かけた水族園に行きイルカのショーを見る2人。そして、そこで起きる小さな奇跡。「れいこ」と呼びかける伊智子の声が今も耳に残る。あれは伊智子にとって、紛れもなく娘との再会だったのだろう。

ラストは海辺のシーン。かつて家族で訪れた時とはまったく違う人生を生きる伊智子と太助。時の流れを感じるとともに、過酷な運命にさらされながらも、それを少しずつ受け入れて、前に進んでいく人間の前向きさ、たくましさが感じられるエンディングだった。

主人公夫婦を演じた2人の役者が好演している。伊智子を演じた武田暁は関西の演劇界で活動しているとのこと。確かに演劇的な要素を感じさせる演技だったが、何よりもひたすら明るいその言動の隙間から、心の奥の影をチラリと覗かせる演技が絶品。

太助を演じた河屋秀俊は、北野武阪本順治黒沢清などの映画に出演しているという。いかにも市井の人を感じさせる地に足の着いた演技が印象的だった。実際に大阪や神戸の下町にいそうな2人だからこそ、寓話性あるドラマにもかかわらずリアルさが失われなかったのだろう。

震災時の描写は控えめだが、終盤には多くの人々がロウソクをともす追悼式の場面が登場する。あの場に集った人々それぞれのその後の人生に、様々な悲しみや喜びがあったことを印象付けるシーンだった。

それは阪神淡路大震災だけでなく、様々な震災、いや、震災に限らず何らかの理由で心に深い傷を負った家族すべてに当てはまることだろう。

震災を扱った映画の中で異色といっても良い作品だろう。アクは強いが人間はきっちりと描けている。あの震災から25年経った今、そこで起きたことを風化させない意味でも一見の価値はあると思う。

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◆「れいこいるか」

(2019年 日本)(上映時間1時間40分)
監督:いまおかしんじ
出演:武田暁、河屋秀俊、豊田博臣、美村多栄、時光陸、田辺泰信、上西雄大、上野伸弥、石垣登、空田浩志、テルコ、川上皓翔、桑村大和、グェンティ・コックミ、杉本晃輔、西山真来、徳竹未夏、古川藍、多賀勝一、水野祐樹、小倉Pee、南山真之、グェンタイン・サン、森千紗花、若宮藍子、北田千代美、上村ゆきえ、徳永訓之、佐藤宏、
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