「百花」
2022年9月10日(土)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後2時30分より鑑賞(スクリーン5/H-12)
映画プロデューサーを中心に小説家、脚本家などマルチに活躍する川村元気。映画好きならその名を知っている人も多いだろう。いったいなぜこんなにマルチに活躍できるのだ?1つのこともまともにできない身としては、うらやましすぎて憎いぐらいだ。
その川村元気が2019年に発表した同名小説を自ら映画化したのが「百花」。川村の長編監督デビュー作となる。今度は映画監督という肩書まで加わったのか。本当に憎らしいな(笑)。
レコード会社に勤務する葛西泉(菅田将暉)と、ピアノ教室を開き女手一つで泉を育てた母・百合子(原田美枝子)。だが、2人の関係には何やらぎこちないものがあった。泉の子供の頃に百合子が起こしたある出来事によって深い溝が生まれ、今もそれが埋められないのだ。
そんな折、百合子が認知症であることが判明する。泉は献身的に母を支えるが、それでも依然としてわだかまりが残っていた。
認知症が進行していく高齢の母と、それを見守る息子のドラマである。いったい2人の間に何があったのか。ここでバラしても特にどうということもないだろうが、これから観る人もいるだろうから伏せておく。とにかく泉にとっては衝撃的な出来事だった。
認知症が進行して、その記憶もろとも消えてしまうことが確実な百合子に対して、泉はずっとその嫌な思い出を抱え、時々トラウマとなって現れる。しかも、彼の妻はまもなく出産し、父親になることが予定されていた。はたして、トラウマを抱えたままの自分に父親の資格があるのか。泉は苦悩する。
この映画はワンシーンワンカットで撮られている。何でも川村監督は人間の脳の働きをそのまま映像化したかったらしい。人間の脳にカットはかからないので、すべてワンシーンワンカットにしたとのこと。途中まではそれがウザい感じもするのだが、後半に行くにつれてあまり気にならなくなった。そういう意味でかなり実験的な作品でもある。
構成的には現在進行形で起きている出来事と、過去に起きた出来事をリンクさせて描く手法が特徴的だ。現在と過去を混在させることにより、過去の出来事が現在の2人の関係にいかに深い影を落としているかを物語る。
百合子は過去の出来事について、今でも事あるごとに謝罪をする。しかし、彼女は謝りこそすれ、当時の決断に悔いはないという。その心理は複雑極まる。
それを懐の深い演技で表現するのが原田美枝子だ。この映画は原田美枝子の映画といっても過言ではない。認知症の演技も自然だし、失われていく記憶に翻弄される姿にもウソがない。様々に揺れる心が十二分に表現されている。
特に過去の出来事で大地震に遭遇した時に(たぶん阪神淡路大震災)、初めは別の人を心配するあまり疾走していた彼女が、やがて息子の泉の身の上を心配する心理に変わるあたりの演技が絶品。その絶叫がいつまでも心に響く。
ついでにいうと、若い頃を演じる時の若作りも堂に入っている。友人役の神野三鈴ともどもCGの力を借りたのかもしれないが、不自然さは感じられなかった。それも含めて素晴らしい演技。1人の女性の波乱の生き様を見事に表現していた。
終盤、施設に入った百合子は、「半分の花火が見たい」と不可解な言葉を口にするようになる。それは本当に存在するのか。だとしたら、どこで打ち上げられるのか。最後にその真相が明らかになり、親子の絆の強さを印象づけてドラマは終わる。
最後はそつなくまとめているが、いくつか中途半端に感じられるところもあった。例えば、泉と妻が勤務するレコード会社でAIを使ったバーチャルシンガーを育成するエピソード。過去の思い出と絡めて登場させているのだが、あまり効果的に使われているとは思えない。
また、過去に百合子が泥棒にあったという話も中途半端。その泥棒はアルバムなど住人の思い出を盗んでいくというのだが、居丈高な刑事とともに何だかとってつけた話のように感じられた。
とはいえ、そうした粗削りなところはあるものの、それなりによくできた映画だと思う。まあ、個人的にはちょっと期待しすぎていたので(だって山田洋次だの、ポン・ジュノだの、岩井俊二だの、錚々たる映画人が絶賛コメントを寄せているし)、やや物足りなさは残ったものの、普通に見れば初めての監督作品としては十分に合格点だろう。原田美枝子の迫真の演技だけでも観る価値はあると思う。
◆「百花」(2022年 日本)(上映時間1時間44分)
原作・監督・脚本:川村元気
出演:菅田将暉、原田美枝子、長澤まさみ、北村有起哉、岡山天音、河合優実、長塚圭史、板谷由夏、神野三鈴、永瀬正敏
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://hyakka-movie.toho.co.jp/