映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「かくしごと」

かくしごと
2024年6月30日(日)テアトル新宿にて。午後2時35分より鑑賞(A-13)

~少年を守るため嘘をつく女性。内面からにじみ出る杏の演技が素晴らしい

 

NHKの朝ドラ「ブギウギ」でブレイクした趣里だが、私が最初にその存在感に注目したのは2018年の映画「生きてるだけで、愛。」だ。自意識過剰でエキセントリックな言動を繰り返すヒロインを全身で演じていた。この子はすごいと素直に思った。ちなみに、彼女が水谷豊と伊藤蘭の娘だとは、当時はちっーとも知らなかった。

その「生きてるだけで、愛。」の関根光才監督が、作家・北國浩二の小説「嘘」をみずからの脚本で映画化したのが「かくしごと」だ。もともとは映像クリエイターの関根監督にとって、これが長編劇映画2作目となる。

ドラマは山深い中を1台の車が走る場面から始まる。その車に乗っているのは絵本作家の千紗子(杏)。絶縁状態だった父孝蔵(奥田瑛二)が認知症になったため、郷里に戻ってきたのだ。孝蔵は千紗子のこともわからなくなっていた。

ある日、千紗子は友人のシングルマザー、久江(佐津川愛美)と酒を飲む。運転代行のタクシーがなかなか来ないため、帰りは久江が車を運転する。その途中、久江は少年(中須翔真)を車ではねてしまう。少年は大きなけがはなかったが、記憶を失い、体に虐待の痕があった。千紗子は少年を守るために、自分が母親だと嘘をついて一緒に暮らし始める……。

この映画はタイトル通りにいくつもの「かくしごと」で構成されたドラマだ。久江が飲酒運転していたのを隠蔽するための嘘、少年を守るためにとっさに自分が母親だと告げた千紗子の嘘などだ。それらが効果的に配されたドラマは、スリリングでなかなか面白い。観客は、いつその噓がばれるかハラハラしながら見守ることになる。

メインとなるのは虐待されたと思われる少年を巡るドラマだ。そこに千紗子と孝蔵の父娘の確執の物語、孝蔵の認知症に関するドラマ、千紗子の心の傷になっている過去の出来事などが絡んでいく。本来なら省略してもおかしくないような部分まできっちり作りこまれ、ドラマに陰影を与えている。

ただし、やや盛り込みすぎで、焦点がぼやけてしまった感はある。全体的に、間延びしたように思う人もいるかもしれない。

だが、そんなところも覆い隠し、圧倒的な存在感を放っているのが主演の杏だ。これまでどちらかといいうと、クールで強い女性の感じだったが、今回の演技はそれとは違う。

父との関係に悩み、憤り、過去のトラウマに苦しみ、突然現れた少年に寄り添う優しさを見せ、そして母としての強さを見せつける。ふり幅の大きい役柄だが、見事にそれを表現している。内面からにじみ出る演技と言ったらいいのだろうか。千紗子の行動にはやや唐突なところもあるのだが、杏の演技のおかげでそれが自然に受け止められる。「生きてるだけで、愛。」で趣里を輝かせた関根監督が、この映画では杏を十二分に輝かせているのだ。彼女の演技だけでも観る価値のある映画と言えるだろう。

また杏以外にも、孝蔵役の奥田瑛二、久江役の佐津川愛美、亀田医師役の酒向芳らが印象的な演技を見せている。

ドラマの舞台となっている緑豊かな山あいの自然の景観、川のせせらぎの音などもこのドラマに独特の空気感を生み出している。

いくつもの「かくしごと」の上に微妙なバランスで成り立っていたドラマは、終盤に入って大きく動き、最後は法廷劇に移行する。その末に用意されたラストは衝撃的で、深く重い余韻が残る。情感過多な描き方をしていないだけになおさらだ。

千紗子の行動が正しかったのかどうかはわからない。虐待の証拠を確認したうえで、警察に連絡すべきだったという見方もできる。だが、それとて少年を守ることにはならないかもしれない。

いずれにしても、サスペンスフルなだけでなく、認知症や虐待などの社会問題を背景に家族や親子の関係について考察した良作である。関根監督の才能を再認識し、杏の演技に目を見張る映画だった。

◆「かくしごと
(2023年 日本)(上映時間2時間8分)
監督・脚本:関根光才
出演:杏、中須翔真、佐津川愛美、酒向芳、木竜麻生、和田聰宏丸山智己、河井青葉、安藤政信奥田瑛二
*テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/kakushigoto/

 


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