映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ほかげ」

「ほかげ」
2023年11月26日(日)ユーロスペースにて。午後2時55分より鑑賞(スクリーン2/C-8)

~戦争の闇を直視せよ! 塚本晋也監督の強い信念が伝わる

戦争は嫌だ。絶対に戦争をしてはならない。その思いを改めて抱かせてくれた映画が塚本晋也監督の「ほかげ」である。

塚本監督といえば「野火」で戦場の悲惨さを「これでもか!」とばかりに描いたことで知られている。続く「斬、」では人を殺すことの恐ろしさを描いた。そして「ほかげ」では戦争がもたらす闇をクローズアップした。

ドラマは2部構成になっている。前半は焼け残った居酒屋が舞台となる。そこで体を売って暮らす女(趣里)のところに、客として若い復員兵(河野宏紀)が来る。彼は「明日の晩も来ていいか?」と女に尋ね、そのままズルズルと居つく。

そしてもう1人、戦争孤児の少年(塚尾桜雅)がやって来る。彼は盗んだものを女に差しだし、こちらも入り浸るようになる。こうして3人の疑似家族のような生活が始まる。

だが、彼らは闇を抱えていた。少年は夜になると悪夢にうなされる。凄まじい声を上げる。よほど恐ろしい目にあったのだろう。

一方、出征前は教師だったという復員兵は、理性的で穏やかな態度を見せる。だが、家は焼け家族は行方不明だという彼は、銃声を聞くとパニックになる。そしてある日、突然豹変して暴力的になる。この一件で3人の暮らしは崩壊し、女と少年だけになる。

その女も実は闇を抱えていることが明かされる。夫と子供を亡くして、絶望と孤独の中に沈み込んでいるのだ。

ここまでが前半の展開だ。薄暗い室内だけでドラマが展開する。目を凝らしてみないと、何が起きているのかわからないぐらいに暗い。それは戦後がけっして明るくエネルギッシュなだけではなく、その裏面には深い闇が横たわっていたことを象徴しているようだ。

後半は、少年が謎めいたテキ屋森山未來)の仕事を手伝うことになる。彼らは山中を歩き回る。テキ屋は右腕が不自由で使えない。彼は少年が銃を持っていると知り、声をかけてきたのだ。それを使って、ある目的を果たそうとしていたのである。

前半の薄暗い室内劇とは一転して、後半は明るい日差しの下でのドラマとなる。ただし、夜になれば闇が訪れる。少年は相変わらず悪夢にうなされるし、テキ屋もやはり何やら苦しみを抱えているようだ。さらに、労働力として売り払われる子供や、やはり戦争の影響なのか、精神を病んだ男が座敷牢に幽閉される姿などを映し、白日の下でも闇が横たわっていることを示す。

本作で注目すべきは、前半で日本人が戦争によって深く傷つけられた被害者として描かれるだけでなく、後半では日本軍が加害者でもあることを明確に打ち出している点だろう。テキ屋が起こす行動によってそれが明らかになる。その時のテキ屋の表情は鬼気迫るものだ。それもまた戦争の罪深さを浮き彫りにする。

終戦直後の日本を描いた映画は、今ヒット中の「ゴジラ−1.0」をはじめ数限りなくある。だが、そのほとんどは被害者としての日本人を描いても、加害者としての視点は描かれない。そうした中で、本作の姿勢は特筆すべきものといえよう。

さらに、この映画の登場人物には名前がない。それは、あの時代の無名の多くの市民の姿を投影したものなのかもしれない。

塚本監督は、被害も加害も含め丸ごとの闇をそのまま提示する。その闇を直視することでしか、戦争の本当の恐ろしさや悲惨さを知ることはできない。きっとそう確信しているのだろう。

撮影は塚本監督自身。手持ちカメラの力強い映像はデビュー作「鉄男」以来変わらない。それが登場人物の心理をリアルに映し出す。

ドラマは、女と少年の再会で一段落する。だが、そこで映画は終わらない。その後、少年は闇市に姿を見せ、たくましさを示す。だが、同時に、傷痍軍人の姿や戦争で心を病んだ人々の姿も映し出す。ここにも単なるお涙頂戴のドラマでなく、戦争の闇を描きたかった塚本監督の意図が見えるような気がした。

それにしても、主演の趣里の演技が見事だ。その演技力の高さは過去の出演作の「生きてるだけで、愛。」などで知ってはいたが、ここまでとは思わなかった。NHKの朝ドラ「ブギウギ」で明るく歌う姿とは一転、狂気を秘めた激しさを繊細に演じる。セリフは最小限のドラマだけに、その演技力の高さが際立つ。全身で主人公の感情を表現している。特にその目力が特徴的だ。少年に心を許し、少しずつ明るくなるところなども出色の演技だ。

少年を演じた塚尾桜雅の目力もすごい。こちらもセリフがほとんどないにもかかわらず、全身で少年の胸の内を表現して圧巻だった。言葉はなくても、彼の考えていることが伝わってきた。復員兵役の河野宏紀、テキ屋役の森山未來などもいずれも素晴らしい演技だった。

塚本監督の反戦への思いは強く、揺るぎがない。その信念がそのまま私たちに伝わってくる。公開規模はけっして大きくないが、間違いなく今年の日本映画を代表する1本だ。

◆「ほかげ」
(2023年 日本)(上映時間1時間35分)
監督・脚本・編集・製作:塚本晋也
出演:趣里森山未來、塚尾桜雅、河野宏紀、利重剛、大森立嗣
ユーロスペースほかにて公開中
ホームページ https://hokage-movie.com/

 


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