映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「このろくでもない世界で」

「このろくでもない世界で」
2024年7月31日(水)TOHOシネマズ シャンテにて。午後1時35分より鑑賞(スクリーン1/C-10)

~貧困と暴力を逃れ裏社会に足を踏み入れた少年。異様な緊張感とリアリズムの世界

 

「ジョーカー」の新作の予告編が、おっそろしくカッコよくて、しびれている私です。

さて、今回は前回に続いて韓国映画です。本当はその間に、ペドロ・アルモドバル監督の短編映画を観たのですが、そちらはちょっと後回しで後日掲載、かな。

前回取り上げた「密輸 1970」は究極のエンタメ映画でしたが、今回はノワールタッチの作品。第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品された「このろくでもない世界で」です。

ある地方都市。貧しい家庭で育った18歳のヨンギュ(ホン・サビン)は、継父からの暴力にさらされていた。ある日、ヨンギュは義理の妹のハヤン(キム・ヒョンソ)を守るため、学校で暴力沙汰を起こして停学になり、示談金を請求されてしまう。バイト先でも示談金を調達できなかった彼に、地元の犯罪組織のリーダーのチゴン(ソン・ジュンギ)がなぜか金をくれる。その後、どこにも居場所がなくなったヨンギュは、チゴンを頼り、裏社会へと足を踏み入れるのだが……。

貧困と暴力に直面した少年が、裏社会に足を踏み入れて転落していく物語だ。暗くて救いがない。おまけに暴力シーンも多い。爪をペンチで引き抜く場面など、目をそらしそうになるシーンも多々あるが、それでも最後まで目が離せなかった。

冒頭から暴力場面だ。主人公のヨンギュが学校の生徒を石で殴りつける。いったい何が起きたのかと思うのだが、ことさらに詳細な説明はない。後になって少しずつ、それが義理の妹のハヤンを守るための行動だったとわかる。

この2人の関係性が面白い。お互いに減らず口をたたき、相手を「クソ野郎」「クソアマ」などと罵り合うが、どこかでつながっている。ヨンギュが継父(つまりハヤンの父)から暴力を振るわれそうになると、ハヤンは必死でそれを阻止しようとする。

だが、継父の暴力にさらされ、行き場のなくなったヨンギュは、犯罪組織のリーダーのチゴンを頼る。チゴンは最初は彼を受け入れようとしないが、熱意にほだされて自分たちの仕事を手伝わせる。

このヨンギュとチゴンの関係がこの映画の肝だ。犯罪組織のリーダーのチゴンは、ヨンギュに自分と似たものを感じ取っていた。ヨンギュに金を渡したのもそのためだ。後半になって、彼の生い立ちが語られるのだが、それはヨンギュ同様に凄惨なものだった。

チゴンは寡黙で非情な男だが、同時にそこには優しさが垣間見える(ちなみに彼は酒も飲まない)。その優しさに触れたヨンギュは、ますますチゴンを頼るようになる。2人の間には、ある種の師弟関係のようなものが生まれる。魚をさばき鍋料理を振舞うチゴンとヨンギュの姿に、それが象徴されている。

本作が初長編監督作品となる監督・脚本のキム・チャンフンは、異様な緊張感がみなぎる映像(観ていて息苦しいほどだ)の中で、徹底的にリアリティを追求する。おかげで、ヨンギュ、チゴン、ハヤンの心情がぐいぐいと胸に迫ってくる。彼らの悲しみと痛みがあますところなく伝わってくるのだ。だからこそ最後まで目が離せないのである。

格差社会の諸問題に加え、政治家とヤクザの癒着などの社会問題をドラマの背景に盛り込んでいるのも(ちょっとステレオタイプなところもあるけれど)、本作をリアルなものにしている要因だろう。

ヨンギュはいつか継父から逃れ、母とともにオランダに移住したいと願う。そこは貧困とは無縁な場所だという。だが、チゴンはそんな場所はないと言い放つ。そこから先に待っているのは非情な裏社会の掟だ。

ヨンギュは組織の大ボスからある指令を受ける。それは危険な仕事だった。そこから歯車が狂い、思わぬ事態に巻き込まれる。

終盤は壮絶な場面の連続だ。詳しいことは伏せるが、そこから浮かび上がってくるのはチゴンの生き様だ。彼が実は裏稼業の世界に疑問を持ち、嫌気がさしていたことが明確になる。しかし、そこから逃れることはできない。その時、彼はどうしたのか。

そして、ヨンギュもまた裏社会の恐ろしさを知り、身悶えする。貧困と暴力ゆえに裏社会に入った彼が、同じような弱者を痛めつけるという矛盾(彼らはバイク窃盗と高利貸しを生業としていた)。しかし、彼もまたそこから逃れることはできない。

ラストはバイクで疾走するヨンギュとハヤン。彼らはどこに向かっているのか。そこにわずかでも光があることを願うばかりだ。

チゴンを演じたのは「私のオオカミ少年」などの人気俳優ソン・ジュンギ。裏社会に生きる孤独な男を好演。寡黙な男ということで、セリフは極端に少ないが、表情やしぐさで多くを物語る繊細かつ大胆な演技だった。

ヨンギュを演じたのは映画初主演のホン・サビン。いかにも純朴そうな彼が、過酷な運命に巻き込まれる姿が、観客の心を揺さぶる。

同じく新人のハヤンを演じたキム・ヒョンソは目力がすごい。彼女は「BIBI」として知られる人気歌手とのこと。この三者とも素晴らしい演技だった。

ところで、やくざの大ボスを演じているキム・ジョンスは、前回取り上げた「密輸 1970」では税関係長に扮していた。彼を含め脇役陣もなかなかのものだった(彼らのプロフィールも公式ホームページに載っている)。

かつての日本映画(ATGあたりか)などでも取り上げられていた使い古された筋書きだが、ノワールタッチで圧倒的なリアルさを描き出したキム・チャンフン監督。その新人らしからぬ手腕と役者たちの好演で、見応えある作品に仕上がっている。

◆「このろくでもない世界で」(HOPELESS)
(2023年 韓国)(上映時間2時間3分)
監督・脚本:キム・チャンフン
出演:ホン・サビン、ソン・ジュンギ、キム・ヒョンソ、チョン・ジェグァン、パク・ボギョン、キム・ジョンス、チョン・マンシク、ユ・ソンジュ
*TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/hopeless/

 


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