映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ナミビアの砂漠」

ナミビアの砂漠」
2024年9月6日(金)Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下7Fにて。午後1時15分より鑑賞(D-14)

~21歳の女性をひたすら追う予測不能なドラマ。今の時代が見えてくる

 

ナミビアの砂漠」という面白い映画を観た。それより前に観た映画もあるのだが、こちらを先に取り上げよう。

舞台はナミビアの砂漠……ではない。今の日本だ。

主人公は21歳の女性カナ(河合優実)。冒頭、街の遠景から次第に彼女に焦点が当たる。カナは友人の待つ喫茶店へ行く。友人は彼女たちの同級生が自殺したことを告げる。しかし、まもなく隣席の下世話な会話の音が大きくなる。明らかにそちらの音量を大きくしている。これは何なのか? おそらくカナにとって、友人の話よりもそちらのほうが気になるということを示しているのだろう。それを音量の違いで表現するとは!

この斬新なシーンを観ただけで、この映画が独創性に満ちた映画であることが理解できた。なにせ「ナミビアの砂漠」というタイトルが出てくるのも、映画が始まってから約45分も経ってからなのだ。

ストーリー自体は特段変わったこともない。脱毛サロンで働くカナは、ホンダ(寛一郎)と一緒に暮らしている。ホンダは優しい男で、料理を作ったり、かいがいしく彼女の世話を焼く。だが、カナはクリエーターのハヤシ(金子大地)と付き合っていた。やがて、彼女はホンダの家を出て、ハヤシと暮らし始める……。

ただの恋愛ドラマと早合点しそうだが、そんな単純なものではない。山中監督は、手持ちカメラを中心にカナの日常を丹念に追う。友人と一緒にホストクラブではしゃぎ、都合よくホンダとハヤシの両方に甘える。その一方で、そつなく仕事をこなし、ハヤシの家族や友人たちとも交流するなど社会とも折り合いをつけている。

だが、やがて、そんなカナの表情から見えてくることがある。彼女はやりたいことも特になく、無気力で虚しさを覚えている。常に現状に違和感を持ち、やり場のない怒りを抱えている。台詞にはなくとも、彼女の揺れ動く表情からそれが伝わってくるのだ。

その怒りが爆発し始めるのが後半。ハヤシと暮らし始めたカナは、ハヤシが自分を最優先にしないのが気に食わず無理難題をふっかける。さらに、それがエスカレートして取っ組み合いのケンカをするようになる。その直後には仲直りをして、またケンカを繰り返すのだ。その間には自分をコントロールできずに、ケガまでしてしまう。カナは何をするのか予測不能な女なのだ。

自分に正直と言えばそうだが、周囲はたまったものではない。いつもタバコをふかして、悪態をつく。まさに面倒くさい女で、共感しにくい。それなのに、なぜか見入ってしまう。「嫌な奴だな」と思いつつも、ずっと目が離せないのだ。

それはなぜか。もしかしたらカナのように、違和感を持ったものに対して素直に怒りを吐き出してみたいという思いが、自分の中にあるからかもしれない。

そして何よりも、河合優実の迫真の演技のせいだろう。「あんのこと」の演技も素晴らしかったが、本作の彼女はさらにリアルな演技を披露している。その言動の端々から、表情のわずかな変化から、カナの様々な感情が伝わってくる。あまりにも規格外で絵空事に見えがちなカナに確かな説得力を持たせている。今の時代、確実にカナのような若者が街を歩いていると思わせる演技だった。

そして、その演技をスクリーンに余すところなく刻み付けた山中瑶子監督の手腕も見逃せない。

山中監督は、19歳で撮った自主映画「あみこ」がPFFアワード2017の観客賞を受賞し、第68回ベルリン国際映画祭のフォーラム部門に史上最年少で招待された。その後、三浦透子と古川琴音が主演したドラマ「おやすみ、また向こう岸で」や、若手監督育成プロジェクトで短編「魚座どうし」などを監督し、ついに本格的長編第一作として発表したのが本作だ。

本作にはことさらに明確なメッセージもなく、時代を正面から描いているわけでもない。それでもこの映画には今の時代の空気を感じる。カナが少子高齢化に言及するシーンがある。ふざけた口調で自分の身の上を嘆く。それを待つまでもなく閉塞感に包まれた今の時代に、カナは何者かと苦闘しているように感じられる。彼女の精神がもがき苦しむ様子が見て取れる。

映画の終盤、カナはついに精神のバランスを崩してしまう。カウンセリングを受けるようになるのだが(カウンセラー役の渋谷采郁がいい味を出している)、そのあたりの描写には驚かされた。カナの脳内を映し出したようなシュールな映像や、ファンタジータッチの場面まで登場する。それまでのリアルな描写からは完全に遊離した自由かつ大胆なスタイルだ。

そして、ラストシーン。食卓のカナとハヤシ。カナのスマホに家族らしき映像が送られてくる(彼女の母親は中国人らしい)。その後、微妙な笑顔を交わすカナとハヤシ。はたして、彼らはこの先どう生きていくのだろうか。これをハッピーエンドと呼ぶべきか。色々と想像させる印象深いラストである。

最初から最後までカナの生き様を凝視してしまった。過去の作品と似ているようでいて似ていない。今の時代だからこそ生まれた映画と言えるだろう。

本作は、カンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞した。河合優実とともに今後の山中監督の活躍が楽しみである。

ちなみにタイトルの「ナミビアの砂漠」とは、おそらく映画のラストに映る光景を指すものだと思われる。それはカナのスマホに映っていた風景でもある。それが何を意味するのか。それも含めて、想像力を掻き立てられる映画だった。

◆「ナミビアの砂漠」
(2024年 日本)(上映時間2時間17分)
監督・脚本:山中瑶子
出演:河合優実、金子大地、寛一郎、新谷ゆづみ、中島歩、唐田えりか、渋谷采郁、澁谷麻美、倉田萌衣、伊島空、堀部圭亮渡辺真起子
*Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/namibia-movie/

 


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