映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「PLAN75」

「PLAN75」
2022年6月21日(火)グランドシネマサンシャインにて。午後1時15分より鑑賞(シアター10/e-11)

~背筋ゾクゾクものの恐ろしさ。高齢者を切り捨てる近未来

毎週火曜の午後はリハビリ……のはずだったのだが、本日はリハビリの担当者が病欠とのことで急遽中止に。代わりのスタッフはいないのか?と思ったりもするのだが、他にも患者はいるし、いきなり代理は務まらないのであろう。

てことで、いつもならリハビリの時間に池袋のグランドシネマサンシャインへ。鑑賞したのは第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で、カメラドールのスペシャルメンション(次点)に選ばれた「PLAN75」。

このタイトルに聞き覚えがあったのだが、調べてみたら是枝裕和監督が総合監修を務めたオムニバス映画「十年 Ten Years Japan」の中の1本だった短編。それを早川千絵監督が自ら長編化して長編監督デビューを飾った。

舞台は近未来の日本。そこでは超高齢化問題の解決策として「プラン75」という制度が導入されていた。夫に先立たれ、一人で暮らす78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)は、ホテルの客室清掃員として働いていたが、ある日突然、高齢を理由に解雇されてしまう。仕事をなくし、住む家も失いそうになった彼女は追い詰められ、「プラン75」の申請を検討し始める……。

冒頭はショッキングなシーンから始まる。高齢者を殺したらしい若者が、次に自ら猟銃で自殺する。こうした悲劇が相次いだため導入されたのが「プラン75」だ。これは満75歳から死の選択権を認める制度で、希望者には10万円が与えられる。希望しない者は関係ないというものの、社会は高齢者が生きにくい状況で、そのため「プラン75」の申請者はかなりの数に上る。

この映画に登場する日本は一見、今と何も変わっていない。つまり、現在と陸続きなのである。そんな中で、「プラン75」は、当初こそ様々な議論を呼んだものの、超高齢化社会の問題解決策として世間に受け入れられてしまう。市役所では、まるで健康保険の手続きでもするかのように手続きが行われる。それが何とも恐ろしい。高齢者への風当たりが強くなる昨今、こうした制度が絵空事とは思えない。実に説得力のある設定なのだ。

主人公のミチもまたこの制度に翻弄される。当初は仲間の高齢者とともに生き生きと働いていた彼女が、突然職を失い、住む場所も追われそうになり、さらに友人が孤独死する現場を目撃して、心が揺れ動く。早川監督は、殊更に煽り立てることもなく、ミチの心情の変化を丁寧にきめ細かくすくい取っていく。

それが可能になったのは、もちろん倍賞千恵子が演じているからだ。特にセリフ以外の表情や佇まいで、ミチの心理を表現する演技が絶品。全編を通して有無を言わせぬ圧巻の演技だ。元が短編ということもあり、多少間延びしたところもないわけではないが、それを補ってあまりある彼女の演技である。

演出上のもう一つの大きな特徴は、説明がほとんどないこと。状況を説明するシーンをあえて省略して観客に解釈を委ねている。そのため、多少わかりにくいところもあるのだが、基本的には何がどうなっているのかを理解できるように配慮されている。

それにしても、恐ろしいこの社会。「PLAN75」に少しでも疑問を持つ者はいないのだろうか。と思ったら、3人の人物が浮上してくる。

1人は市役所の「プラン75」申請窓口で働くヒロム(磯村勇斗)。当初は自分の仕事を黙々とこなしているヒロムだが、疎遠だった叔父が申請者となったことから、制度に疑念を抱き始める。

もう1人は、死を選んだお年寄りにその日が来るまでサポートするコールセンタースタッフの瑶子(河合優実)。彼女はミチと親しく接するうちに、彼女の心根に触れて、制度に疑問を持ち始める。

そして3人目はフィリピン人介護士のマリア(ステファニー・アリアン)。彼女は子供の手術費用を稼ぐため、高給の「PLAN75」の実で働くようになる。だが、その実態を知るうちに心が揺らぐ。

この3人が結託して反乱でも起こせば、ドラマとしては盛り上がるかもしれない。だが、そんなカタルシスはこの映画には訪れない。微かな希望の光は感じられるものの、明るい未来とまでは行かないのである。

この3人についても、早川監督の心理描写は冴えわたっている。特に瑤子の最後の登場シーンでの表情は、怒りとも悲しみともつかない複雑なもので、「PLAN75」の罪深さ、やるせなさを一層際立たせている。

ラストシーンでミチが歌う、というよりささやく「リンゴの木の下で」がいつまでも頭に残る。

以前、川和田恵麻監督の「マイスモールランド」の評で、「静かな怒りの炎」と書いたが、本作にも共通するものがある。この映画に明確なメッセージがあるわけではないが、高齢者や弱者をないがしろにする世の中への問題提起が確実にある。それは劇中で、公園のベンチにホームレスが横たわれないように細工をする場面があることからも明らかだろう。その問題提起を受け止めるのは我々一人ひとりなのだ。

いつ来ないとも限らない恐ろしい明日がここにある。今こそ見るべき一作だろう。

 

◆「PLAN75」
(2022年 日本・フランス・フィリピン・カタール)(上映時間1時間52分)
監督・脚本:早川千絵
出演:倍賞千恵子磯村勇斗、たかお鷹、河合優実、ステファニー・アリアン、大方斐紗子串田和美
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/plan75/


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