映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「愛に乱暴」

「愛に乱暴」
2024年9月2日(月)シネ・リーブル池袋にて。午後1時25分より鑑賞(シアター2/D-4)

~平凡な主婦が次第に壊れていく。江口のりこの圧巻の演技

ようやく映画館に行けた。2週間ぶりだ。久々だったのでけっこう疲れてしまった。ただし、作品はめちゃくちゃに面白かった。吉田修一の小説を映画化した「愛に乱暴」だ。

主人公は専業主婦の初瀬桃子(江口のりこ)。結婚して8年。夫・真守(小泉孝太郎)とともに真守の実家の敷地内に建つ離れに住んでいる。義母の照子(風吹ジュン)とはつかず離れずの関係で、家のリフォームも計画していた。昔の勤め先が運営する石鹸教室の講師も務め、充実した日々を送っているように見えた。だが、やがて彼女の生活は徐々に壊れ始めていく……。

序盤は桃子の日常が描かれる。毎朝、義母の照子のゴミ出しを手伝い、夫の真守の出勤を見送り、手の込んだ料理をして、週に2回は石鹸教室の講師を務める。傍目には幸せそうな生活である。

ところが、それにもかかわらず、本作は最初から不穏な空気に包まれている。何しろ映画の冒頭から、ゴミ集積所のゴミが真っ赤に燃える映像。これは放火か? 桃子の地元ではゴミ集積所での不審火が相次いでいたのだ。

いやいや、それだけではない。桃子にとってストレスになるようなことがまだある。愛猫のぴーちゃんが行方不明になってしまったのだ。しかも、照子は大の猫嫌いらしい。まさか照子がぴーちゃんを?

照子は料理にも口を出す。桃子が肉料理を好むのを見て、「真守は魚のほうが好きだ」と言って魚を渡す。桃子は魚をもらうが、その生臭さに我慢ならず執拗に手を洗う。

夫の真守との関係も危うい。桃子は子宝に恵まれず、真守に接近を試みるが拒絶される。真守は桃子や家のことに無関心で、家でも生返事ばかりだ。

こうやって、一見幸せそうな桃子の生活に潜む不幸せの種をチラ見せするのである。そこでの平凡さと異常さのバランスが絶妙なので、リアリティーが失われることはない。観客は絵空事ではなく、身近なものとしてこのドラマを受け止めるのではないだろうか。

それにしても、主演の江口のりこがスゴイ。クセのある役のイメージが強い彼女だが(「時効警察の警官とか)、本作の前半では見事に普通の主婦を演じている。言われなければ別人と思ってしまうほどだ。

ただし、よく見るとそこには不安定な精神状態が見て取れる。周囲と自分との間に微妙な違和感を抱えながら、それを必死で押し隠そうとしている。そんな空気感を醸し出しているのだ。

ドラマが進むにつれて、桃子の不幸せの種が徐々に大きくなっていく。そして、やがて真守の不倫が発覚する。以前から不気味な不倫アカウントを目にし、薄々気づいていたとはいえ、それは桃子にとって衝撃だった。

それを機に桃子は暴走する。なんといきなりチェーンソーを購入するのだ! まるでホラー映画ではないか。ただし、それで真守や愛人を襲うわけではない。彼女の関心は床下にあった。床板をチェーンソーで切断する。そこに何があるのか?

その後も、石鹸教室が閉鎖になるなど、桃子の生活が音を立てて壊れてゆく。彼女の言動は次第に常軌を逸し、狂気の世界にまで突入する。真守の愛人宅にスイカを持って押し掛けるシーンなどは壮絶の一語に尽きる。

といっても桃子は年中狂っているわけではない。狂気と同時に正気も描く。このあたりのさじ加減も絶妙で、最後までドラマにリアリティーをもたらしている。

そして江口のりこの演技が相変わらず冴えわたる。チェーンソーを振り回しても違和感がない女優は彼女ぐらいだろう。その演技のおかげで、前半と後半の桃子の変化が自然に受け止められた。

森ガキ侑大監督は、CMやミュージックビデオの演出を手がけた後に、岸井ゆきのの映画初主演作「おじいちゃん、死んじゃったって。」(2017)で長編映画監督デビューを果たしている。私もこの映画は観ているが、なかなか面白い家族ドラマだった。本作では緊迫感タップリに桃子の変化を描くとともに、笑いの要素をあちこちに散りばめている。そのため観客はシリアスになりすぎずに、本作を鑑賞できるはずだ。

狂気をはらんで終幕に向かう桃子。その頃になると彼女が可哀想に見えてくる。「家」や「嫁」という立場に縛られ、それに固執するあまりこうなったのだから。実は彼女の結婚も訳ありだったことが判明するからなおさらだ。

ラスト近くの桃子の疾走。それはすべてから逃げ出すための疾走だったのか。そこで意外な人物の言葉が彼女を救う。

そしてラストシーン。受け止め方は人それぞれだろうが、私は桃子の新たな旅立ちを示したものだと受け止めた。だとすれば、このドラマは愛の暴走を描いたドラマであるのと同時に、桃子の自立への道をたどったドラマなのかもしれない。

デビューから20年以上が経つベテランの江口のりこだが、ここ数年の活躍はめざましい。今年だけでも「あまろっく」「お母さんが一緒」「愛に乱暴」と、それぞれ個性の違う3本の映画に主演している。その中でも、本作は彼女の代表作となるだろう。まさに圧巻の演技だった。彼女の演技を目撃するだけでも観る価値のある映画だ。

真守役の小泉孝太郎の演技も秀逸。今までのイメージを覆し、ダークで存在感の薄い役柄を見事にこなしている。特におろした前髪が印象的。彼が演じていると気づかない人も多いのではないか。

義母役の風吹ジュン、愛人役の馬場ふみからも良い演技を見せている。

◆「愛に乱暴」
(2024年 日本)(上映時間1時間45分)
監督:森ガキ侑大
出演:江口のりこ小泉孝太郎、馬場ふみか、水間ロン、青木柚、斉藤陽一郎、梅沢昌代、西本竜樹、堀井新太、岩瀬亮、風吹ジュン
*シネスイッチ銀座ほかにて公開中
ホームページ https://www.ainiranbou.com/

 


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