映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ぼくのお日さま」

「ぼくのお日さま」
2024年9月16日(月・祝)イオンシネマ板橋にて。午後2時35分の回(スクリーン2/C-10)

フィギュアスケートを学ぶ少年と少女、コーチの温かで美しすぎる物語

 

しまった! こんなに前だったのか……。予約したC-10。行き慣れない映画館だからなぁ。前すぎて観にくいなぁ。けど仕方ないか。

などと上映前はあれこれ思ったものの、映画が始まったらそんなことは全く気にならなくなってしまった。

「僕はイエス様が嫌い」で第66回サンセバスチャン国際映画祭の最優秀新人監督賞を受賞した奥山大史監督の商業映画デビュー作「ぼくのお日さま」だ。奥山監督は脚本のほか撮影、編集も手掛けている。本作は2024年・第77回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に選出された。

フィギュアスケートを学ぶ少年、少女、コーチの3人を中心としたドラマだ。

雪国の田舎町。少し吃音のある小学6年生タクヤ(越山敬達)。夏は野球、冬はアイスホッケーに励んでいたが、どちらも今ひとつ。ゴールキーパーを務めるアイスホッケーでは、体にアザを作っていた。

ある日、タクヤスケートリンクで、ドビュッシーの「月の光」に合わせてフィギュアスケートの練習をする少女さくら(中西希亜良)に心を奪われる。その後、タクヤはホッケー靴のままフィギュアのステップを真似して何度も転倒する。それを見ていたさくらのコーチで元フィギュアスケート選手の荒川(池松壮亮)は、フィギュア用のスケート靴をタクヤに貸して練習につきあう。やがて荒川の提案で、タクヤとさくらはペアでアイスダンスの練習を始めることになるが……。

思春期の初々しい恋とスポーツの物語。ストーリーを見たら誰でもそう思うはずだ。もちろんそれは間違いではないのだけれど、単純なジャンル分けでは括れない独自の魅力にあふれたドラマだ。まるでポエムのように美しく、瑞々しいひと冬の物語が展開する。

静かで穏やかな映画だ。台詞はけっして多くない。しかも、その台詞はごく自然なものだ。あまりにも自然すぎて聞き取れないところもあった。もしかしたら、台詞の一部はアドリブかもしれない。

その台詞に頼らない心情描写が素晴らしい。登場人物の視線や表情、しぐさなどで多くのことを物語る。タクヤのさくらに対する淡い恋心、さくらの荒川コーチに対する憧れ、そしてこの地にやってきた荒川の揺れる思い。そうした心の機微が余すところなく伝わってきた。

そして何よりもこの映画で素晴らしいのが、スタンダートサイズで撮られた映像だ。特に淡い光を使った映像が見事。タクヤが初めて見たさくらのスケートシーンの美しさは、筆舌に尽くしがたい。そこでは光に加えてスモークも効果的に使われている。それはまるでこの世のものとは思えないほどの美しさだ。幻想的で見とれてしまう。きっとタクヤならずとも、さくらに恋してしまうはず。

それ以外のスケートシーンも印象深い。すべてのシーンが絵画のように美しい。構図も緻密に考えられているのだろう。タクヤ、さくら、荒川コーチの3人が、生き生きと躍動すする。3人で連れ立って凍った湖に出かけるシーンも忘れ難い。

奥山監督の登場人物に向けられたまなざしは柔らかい。思春期の少年と少女たちを優しく見守っている。それがスクリーンのこちら側の心も温かくしてくれる。

タクヤとさくらは、次第に息の合ったアイスダンスを見せるようになる。それにともなってタクヤ、さくら、荒川の絆も強まっていく。

しかし、ドラマの後半はそれまでの3人の関係性に波風が立つ。さくらの荒川コーチへの憧れが波乱を起こす。実は、荒川は恋人を頼ってこの地にやって来たのだった。

とはいえ、それも過剰に劇的に描くようなことはしない。あくまでも静かに穏やかに、些細な感情のもつれを浮き彫りにする。

そして、迎えた終盤。後日談として、中学に進学したタクヤが登場する。タクヤと荒川の湖畔でのキャッチボール。そしてさくらの美しいスケートシーン(ここのシーンも素晴らしすぎる!)。続くラストシーンで顔を合わせるタクヤとさくら。さくらの微妙な表情。何かを言いかけるタクヤ……。深い余韻を残してくれる「これしかない!」というぐらい絶妙な幕切れである。

音楽の使い方も秀逸。80~90年代の洋楽らしき曲が荒川の車で効果的に流れる。主題歌のハンバートハンバートの2014年の曲「ぼくのお日さま」もずっと耳に残りそうだ。奥山監督は自身のフィギュアスケート体験に加え、この曲に出会ったことから本作を構想したとのこと。

タクヤ役の越山敬達とさくら役の中西希亜良の瑞々しくも繊細な演技が目を引く。越山はテレビドラマ「天狗の台所」に出演しているが本作が映画初主演。中西はアイスダンス経験者で本作が演技デビュー。2人とも今後の活躍が楽しみだ。コーチ役の池松壮亮の安定した演技も若い2人を支えている。

先日の「ナミビアの砂漠」の山中瑶子監督といい、本作の奥山監督といい、最近は若手の才能ある監督が次々に飛び出している印象がある。日本映画の未来は明るい!?

ミニマムだが宝物のような映画だ。観終わった今でもいくつものシーンが頭から離れない。きっとこれから私は何度もこの映画が観たくなるだろう。

と書いたが、実はこの翌日の17日、シネ・リーブル池袋(シアター1/D-8)で二度目の鑑賞をしてしまった。本当に見事な映画である。

◆「ぼくのお日さま」
(2023年 日本)(上映時間1時間30分)
監督・脚本・撮影・編集:奥山大史
出演:越山敬達、中西希亜良、山田真歩、潤浩、若葉竜也池松壮亮
*テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ https://bokunoohisama.com/

 

 


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