「街の上で」
2021年4月15日(木)新宿シネマカリテにて。午後2時5分より鑑賞(スクリーン2/A-5)
~下北沢を舞台にした群像劇。会話の面白さが光る
2018年の「愛がなんだ」でブレイクした今泉力哉監督。彼の作品を初めて観たのは、東京国際映画祭で上映された「サッドティー」(2013年)だった。他愛もない恋愛群像劇なのだが、ごく普通の日常会話が抜群に面白くて、とても印象に残っている。
その今泉監督が漫画家の大橋裕之を共同脚本に迎えて撮ったのが、「街の上で」という映画だ。本来なら去年の5月に公開される予定だったという。この間、撮影時はそれほど知名度もなかった主要キャストが、今ではかなりの活躍を見せているところに、今泉監督のキャスティング眼の確かさを感じさせる。
下北沢の古着屋で働く青年・荒川青(若葉竜也)と、彼の周辺の4人の女性たちの恋愛事情を描いた群像劇だ。
青は初めてできた彼女の雪(穂志もえか)が浮気をして、一方的に振られてしまう。だが、今でも彼女に未練があり、よりを戻したいと思っている。
古書店員の冬子(古川琴音)は、青が元ミュージシャンだと聞きつけて真相を問いただすが、その流れで死んだ店主と不倫をしていたことを暴露される。
美大生の町子(萩原みのり)は卒業制作の映画の監督をすることになり、青に出演を依頼する。
その映画の衣装係のイハ(中田青渚)は、撮影が終わった夜に青を自宅へ招き、夜通し恋バナを語り合う。
とりたてて大きなことは起こらない。だが、そこで交わされるごく普通の会話が抜群に面白い。相手の言葉尻を上手くとらえたり、理屈にならない理屈を言ったり。ああ言えばこう言うで、次々に会話の花が咲く。「サッドティー」の頃の会話の面白さに、さらに磨きがかかっている。全編に渡って、クスクスと笑いっぱなしだった。
そこから恋愛の機微も伝わってくる。ひどく面倒なようでいて、一歩引いてみれば実にバカバカしかったりする。滑稽だけれど真面目でもある。そんな恋愛の微妙な側面が、日常生活の中でごく自然に描かれる。
そして、本作は下北沢という街のドラマでもある。古着屋、古書店、バー、カフェ、劇場、ライブハウスなど、実在の場所がそのまま登場する。それらを背景に登場人物の会話にも、ファッション、音楽、文学、映画などのカルチャーが織り込まれる。
残念ながら、当方は知人の芝居を観に劇場に出かけたことがある程度で、あまりなじみがないのだが、下北沢の街を熟知している人にとっては感慨深いものがあるに違いない。
長回しのシーンが多いのも特徴的だ。特に青とイハが恋バナや恋愛論、友達論を語り合うシーンの10分近い長回しは圧巻。それ以外のシーンもあまりカットを割らず、どちらかというと演劇的なタッチで撮影している。
主要な人物以外にも、青が出入りするバーの常連客や、姪っ子が舞台女優だというおかしな警官などユニークな人々が登場して、そこはかとない笑いを生み出している。
終盤では、意外な出来事が起こる。映画で青は緊張のあまりまともな芝居ができずに、出演シーンがカットになってしまうのだが、その映画にはなぜか朝ドラ俳優(成田凌)が出演していた。
そんなこんなで、イハの家に泊まった青が翌朝、路上を歩いていると意外な人物に鉢合わせして……。
詳しくは言わないが、こんがらがった恋愛模様を描くのがうまい今泉監督らしい名シーンで爆笑必至の場面だ。そしてラストはほっこりできる。
若葉竜也、穂志もえか、古川琴音、萩原みのり、中田青渚の主要キャストは、それぞれの個性を発揮している。いずれも実に魅力的に映し出される。特に中田青渚の小悪魔ぶりが最高だ。
最近の作品の中では、最も今泉監督らしさが発揮された作品だと思う。特に会話の面白さが光る。恋愛も含めて、何気ない日常を描かせたらピカイチの監督である。
◆「街の上で」
(2019年 日本)(上映時間2時間10分)
監督:今泉力哉
出演:若葉竜也、穂志もえか、古川琴音、萩原みのり、中田青渚、村上由規乃、遠藤雄斗、上のしおり、カレン、柴崎佳佑、マヒトゥ・ザ・ピーポー、左近洋一郎、小竹原晋、廣瀬祐樹、芹澤興人、春原愛良、未羽、前原瑞樹、西邑匡弘、タカハシシンノスケ、倉悠貴、岡田和也、中尾有伽、五頭岳夫、渡辺紘文、成田凌
*新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ https://machinouede.com/