「本心」
2024年11月13日(水)グランドシネマサンシャイン池袋にて。午後3時10分より鑑賞(シアター10/e-13)
~仮想空間に現出させた母。石井裕也が近未来の社会を描く
コンスタントに映画を撮り続けている監督の一人に石井裕也がいる。ここ数年でも「茜色に焼かれる」「アジアの天使」「月」「愛にイナズマ」と監督作は枚挙に暇がない。
その石井裕也監督が監督・脚本を担当して、平野啓一郎の小説「本心」を映画化した。珍しく私は原作を読んでいたので、それをどう映像化したのか興味津々だった。
近未来の日本が舞台の物語だ。石川朔也(池松壮亮)は、母親(田中裕子)から「大事な話があるの」という電話を受ける。だが、彼が帰宅する直前に母は、豪雨で氾濫した川に飲み込まれてしまう。朔也は母を助けようと川に飛び込んで昏睡状態に陥ってしまう。
その1年後、目を覚ました彼は、母が「自由死」を選択していたことを知る。幸せに見えた母の本心はどこにあるのか。朔也はロボット化の影響で仕事を失い、カメラを搭載したゴーグルを装着して依頼主の指示通りに動く「リアル・アバター」の仕事に就く。同時に彼は、ヴァーチャル・フィギュア(VF)の開発を行う技術者・野崎に母親のVF制作を依頼する。仮想空間上に生前の母を現出させることで、その本心を探れるのではないかと考えたのだ。
その一方で、朔也は母の親友だった三好(三吉彩花)が台風の被害で避難所生活を送っていると知り、彼女に同居を持ちかける。こうして、母のVFと三好との生活が始まるのだが……。
さすがに石井監督である。原作の骨子は尊重しつつ、ディテールに大胆なアレンジを加えて約2時間の映画にまとめている。
例えば、原作で母の過去を知る重要な登場人物だった有名作家のエピソードは、すべてカットしている。その一方で、後半には朔也と三好のダンスシーンを盛り込み、映画的な妙味を加えている。しかも、そのダンスが終盤の伏線にもなっている。
この映画の中心的なテーマは母子の関係性だ。朔也は母親を理解していたつもりだったが、VFの母親は息子の知らなかった側面をのぞかせる。それが彼を混乱させ葛藤を生み出す。
さらに、朔也がかつて起こした事件と、三好の過去のトラウマがリンクするというドラマ的な構図もある。
母子の関係性に関連して、「自由死」という問題もある。母は「自由死」を選択していた。高齢者や病人が自ら進んで命を絶つ制度だ。はたしてそれは許されるのか。今でもそうしたことを言い放つ識者がいたりするだけに、絵空事とは思えないテーマだ。
本作にはそれ以外にも様々な要素が詰め込まれている。VFの問題もある。そもそもVFで生前そっくりの人物を現出させることに問題はないのか。こちらも、すでにかなりのところまで開発が進められているので、絵空事ではないテーマである。
また、格差社会の問題もある。このドラマの社会では、デジタルの進化で職を失う人々が続出し、格差社会が顕著になっている。そうした人々はリアル・アバターという仕事に活路を見出している。
しかし、一歩間違えば彼らは犯罪にも利用されてしまう。朔也の友人は知らずに、ドローンによるテロの片棒を担がされる。
というわけで、本作はミステリーであり、SFであり、恋愛ドラマであり、社会問題も取り上げた複合的な作品なのだ。
石井監督がうまくまとめたとは言うものの、あまりにも要素が多いせいで、やや散漫な印象が残るのは仕方のないところだろう。それぞれの要素について突っ込みの浅さは否めない。
それでも見応えは十分の作品だった。何よりも俳優たちの演技が良い。「ぼくのお日さま」とは違った顔を見せる池松壮亮をはじめ、田中裕子、三吉彩花が存在感ある演技を見せている。現実と仮想の狭間で展開するドラマだけに、難しさもあっただろうが、リアルさを失わない演技だった。特に三吉彩花の俳優としての成長が印象に残った。「グッモーエビアン!」(2012年)の時から目立っていたけれど。
「今の時代だからこそこれを映画化したい!」という作り手の思いが伝わる映画だった。もう少しすれば、ここで描かれたような世の中が来るかもしれない。今からそれについて考えるべきではないだろうか。
ちなみに、原作を読んでいなくても、おおむね理解できる映画になっていると思う(終盤のルフィーの件などは慌ただしくて、原作を読んでいないとわかりにくいかもしれないが)。原作もなかなか面白いので、この映画を機に原作を読んでみるのもいいかもしれない。
◆「本心」
(2024年 日本)(上映時間2時間2分)
監督・脚本:石井裕也
出演:池松壮亮、三吉彩花、水上恒司、仲野太賀、田中泯、綾野剛、妻夫木聡、田中裕子
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/honshin/
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