映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ファーストラヴ」

「ファーストラヴ」
2021年2月16日(火)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後3時10分より鑑賞(スクリーン3/F-15)。

~殺人の動機は?過去のトラウマに苦しむ殺人犯と公認心理士

「ファーストラヴ」は、第159回直木賞を受賞した島本理生の小説が原作。それを浅野妙子が脚色し、堤幸彦監督のメガホンで映画化した。原作モノの映画を観る前に原作を読むことはほとんどないのだが、この映画に関しては珍しく鑑賞前に原作を読了していた。

アナウンサー志望の女子大生・聖山環菜(芳根京子)が、父親を刺殺した容疑で逮捕される。彼女が取り調べで語った「動機はそちらで見つけてください」という挑発的な言葉が世間の注目を集める。そんな中、公認心理師の真壁由紀(北川景子)が、事件のルポルタージュを依頼されて取材に乗り出す。一方、由紀の夫・我聞(窪塚洋介)の弟で、由紀の大学時代の同級生でもある庵野迦葉(中村倫也)は、国選弁護人として環菜の弁護に当たる。由紀は迦葉と協力して本当の動機を突き止めるべく、環菜との面会を重ねていくのだが……。

文庫本にして約350ページの内容を、約2時間の映画に落とし込むのだから、当然原作を改変している。たとえば、原作では主人公の真壁由紀には息子がいるが、映画では子供はいないことになっている。また、彼女の夫・我聞は原作では結婚式のカメラマンだが、映画では写真館を経営している。

それ以外にも、原作ではかなりフィーチャーされている編集者の存在が希薄だったり、同じく原作では出番の多い迦葉の相棒弁護士がほとんど出てこなかったりする。迦葉と弁護士事務所の女性スタッフとの恋愛沙汰も描かれない。

というわけで、色々と改変はされているのだが、基本となる構図は同じである。中心的に描かれるのは公認心理師の由紀が、父親を殺したとされる女子大生・聖山環菜と拘置所で面会し、彼女の心を開こうとするドラマだ。

だが、これが一筋縄ではいかない。環菜の供述は二転三転し、なかなか真実にたどり着けない。それでも面会を繰り返すうちに、彼女の過去の秘密にたどり着く。画家である父親が開いていた絵画教室の絵のモデルになっていたこと、12歳の時に知り合ったある男性の存在、そして自傷の傷跡……。

由紀役の北川景子と環菜役の芳根京子の対決は見応えがある。北川景子はしばらく見ないうちに(最近の彼女の出演作をほとんど観ていなかったので)すっかり演技派に成長していた。もはやただの綺麗なお姉さんではない。本作でも影を背負いつつ前に進もうとする女性を見事に演じている。一方の芳根京子も得体の知れなさを漂わせつつ、脆く崩れそうな心を抱えた女性を熱演している。

環菜の過去の秘密を知るうちに、由紀は心の奥に隠したはずの「ある記憶」と向き合うことになる。それは父に関することだ。そのおぞましい事実がよみがえり彼女を苦しめる。この由紀自身の過去に関するドラマも本作の見どころである。

さらに過去の秘密といえば、由紀と迦葉の学生時代の秘密もある。母に捨てられた迦葉と心に傷を抱えた由紀。かつて2人は心を通わせたことがある。だが……。

終盤には法廷シーンが登場する。事件を巡って検察側と弁護側が激しくやり合う。そこで環菜は初めて、心の内をあますところなくさらけだす。芳根京子の迫力ある演技は必見だ。

結末は原作と同様の展開。ただし、ラストシーンに我聞の写真展を持ってきたところが効果的。由紀と我聞の絆を感じさせるとともに、観客を清々しい心地にさせてくれる。

浅野妙子の脚本はソツがないし、堤幸彦の演出もツボを外さない。時にはカメラをぶん回すなど、過剰な演出が目につく監督だが、この映画に関してはそうしたところもあまり見られない。

北川景子芳根京子以外のキャストも好演している。迦葉役の中村倫也はハマリ役だし、環菜の母を演じた木村佳乃は最初は気づかなかったぐらい役になり切っている。そして我聞役の窪塚洋介。言葉は少ないものの、奥行きのある演技を見せる。これなら由紀が頼りにするのも納得の演技である。

原作モノにありがちなツッコミ不足のところもないではない。もう少し由紀と環菜の対決に焦点を絞った方がよかった気もする。

ただ、原作を先に読んだ身からすると、原作に出てくる内容が次々に目の前の映像となって現れるだけに説得力は抜群だ。特に環菜がモデルになった絵や、由紀のトラウマにまつわる出来事は、原作を読んだ時よりも衝撃が大きかった。

この作品で描かれている環菜や由紀のトラウマは、人によっては「その程度のこと」と思うかもしれない。だが、現実に傷ついたまま沈黙してきた女性たちが確実にいるのだ。そういう点でも、社会的に意義のある作品だと思う。

 

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◆「ファーストラヴ」
(2021年 日本)(上映時間1時間59分)
監督:堤幸彦
出演:北川景子中村倫也芳根京子板尾創路石田法嗣清原翔高岡早紀木村佳乃窪塚洋介
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://firstlove-movie.jp/