映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「時々、私は考える」

「時々、私は考える」
2024年8月2日(金)新宿シネマカリテにて。午後2時25分より鑑賞(スクリーン2/A-4)

~孤独で空想好きな女性の変化を独特な筆致で描く。一風変わった人間ドラマ


先週は、ほぼ1日おきに病院通い。その費用もバカにならない。おまけに、その間はほとんど仕事もできない。今は多少の貯蓄があるから何とかなっているが、若い頃だったらホームレスになっていたのではあるまいか・・・。

さて、そんな病院通いも小休止の金曜日に、新宿シネマカリテにて「時々、私は考える」を観てきた。

この映画の舞台は、映画「グーニーズ」の舞台としても知られるオレゴン州アストリア。小さな港町だ。冒頭は、ノスタルジックな音楽とともにその街の風景が映し出される。そこに一人の女性が登場してこちらを振り向く。

彼女の名前はフラン(デイジー・リドリー)。地味で引っ込み思案、人付き合いが苦手でいつも孤独。職場と家を往復する単調な日々を送っている。だが、定年退職した同僚の後任、ロバート(デイブ・メルヘジ)とデートをするようになって、日常が変わり始める……。

序盤はフランの孤独が際立つ。職場に行けばパソコンに1人で向かい、ほとんど誰とも口をきかない。彼女の会社は小さな会社で家庭的な雰囲気。他の人が頻繁にコミュニケーションを交わすだけに、彼女の孤独が余計に目立つ。

定年退職する同僚の女性の退職パーティーでも、1人ぽつんとみんなから離れた場所いて、すぐにその場を去る。家に帰っても質素な食事をして、寝るだけ。とはいえ、彼女はそんな生活に特に不満を持っているでもないらしい。スクリーンからそれが伝わってくる。

そして、この映画の大きな特徴はフランが空想好きだということ。職場の窓からクレーンが見えると、自分が吊られる姿を思い描く。そればかりではない。彼女は自分が死んだ姿を空想するのが好きなのだ。邦題は「時々、私は考える」だが、原題はそのものズバリ「SOMETIMES I THINK ABOUT DYING」。

時々、フランが深い森の中のこけむした岩の上や、静かな浜辺の流木の囲みの中などで、遺体となって横たわっている映像が挿入される。それがとても美しく、幻想的なのだ。まるで絵画のよう。現実の場面とは明らかに違う。空想こそがフランの人生にとって重要な要素であることを示している。

そんな中、退職した同僚に代わってロバートが入社してくる。彼女の心にわずかな変化が訪れる。最初は近い席なのにも関わらずメールで業務連絡をする2人。しかし、少しずつ言葉を交わすようになる。

そして最初のデートは映画。映画好きだというロバートに誘われて映画館を訪れるフラン。その後、2人は小さなレストランへ。そこでフランは今観た映画を「全然良くない」という。何しろフランは今まで恋愛をしたことがない。だから、色々とギクシャクするのだ。しかもロバートはバツ2であることが明らかになる。

その後もロバートの家を訪れたり、知人のパーティーに参加したりして、2人は距離を縮める。知人のパーティーでは、風変わりな犯人捜しゲーム(?)が、2人の距離を縮めるのに一役買う。

だが、自分はつまらない人間だと思っているフランと、彼女のことをもっと知りたいというロバートの思いがすれ違う。はたして、2人の関係はどうなるのか。

本作は2019年製作の同名短編映画を長編映画化したもの。監督のレイチェル・ランバートは、これが長編3作目だが日本で劇場公開されるのはたぶん初めて。2023年インディワイヤー誌の「注目の女性監督28人」に選出されたというだけに、繊細に登場人物の心理を切り取る手腕はなかなかのものだ。特にフランが初めての恋に戸惑い、心が揺れ動くさまが実によく描けている。

また、アストリアの町の風景をはじめ、古風な映画館やレストランなどの映像が、独特のぬくもりを映画にもたらし、温かな空気を生み出しているのも本作の特徴。劇的な展開のほとんどないこの映画を、最後まで飽きずに鑑賞できるのは監督の力量のなせる業だろう。

音楽も素晴らしい。随所にノスタルジックで古いロマンス映画風な音楽が流れて、観る者の心を温める。2人の初めてのキスシーンで流れるジュリー・クルーズの歌声も印象的だ。

終盤は定年退職した女性キャロルが重要な役割を果たす。自身の人生を語る姿にフランは心を動かされる。そして、ラストにはとびっきり素敵なシーンが用意されている。それは、フランがささやかな一歩を踏み出した瞬間だ。観ていて、心がほっこりと温まってくる。音楽もなんとも心地よい。寂しげで、風変わりなところから出発したこの映画が、心地よい場所へと見事に着地したのである。

フランを演じたのは「スター・ウォーズ」新シリーズのデイジー・リドリー。それとは打って変わって、寡黙で孤独な会社員を好演している。セリフが極端に少ない役どころだけに、その演技力の高さがうかがえる。彼女は本作のプロデューサーも兼ねている。

一見すると地味な人間ドラマ。それを独特な味付けによって、主人公の恋愛&成長物語として魅力ある作品に仕上げたランバート監督の手腕に感服した。

◆「時々、私は考える」(SOMETIMES I THINK ABOUT DYING)
(2023年 アメリカ)(上映時間1時間33分)
監督:レイチェル・ランバート
出演:デイジー・リドリー、デイヴ・メルヘジ、パーヴェシュ・チーナ、ギャレット
マルシア・デボニス、メーガン・ステルター、ブリタニー・オグレイディ
*新宿シネマカリテほかにて公開中。全国順次公開。
ホームページ https://sometimes-movie.jp/

 


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