映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「コンパートメントNo.6」

「コンパートメントNo.6」
2023年3月12日(日)新宿シネマカリテにて。午後3時より鑑賞(スクリーン1/A-8)

~極北に向かう列車の中で変化し始める最悪の仲の女と男

 

先日のアカデミー賞は「エブエブ」の圧勝。まあ、いろいろ見方はあるだろうが、ハリウッドで影が薄かったアジア系俳優にスポットライトが当たったことは、とても良かったと思う。

その前日の日曜日、近所の映画館に「オットーという男」を観に行こうと思ったら、かなりの混雑。隣りの席にも人が座りそうな勢いだったのでやめたのだ。コロナはやっぱり怖いのだ。

というわけで、方針転換して前から観たかった「コンパートメントNo.6」を観に、新宿シネマカリテへ。「コンパートメントNo.6」は2021年の第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、グランプリを受賞した作品。ちなみに、ユホ・クオスマネン監督は長編デビュー作「オリ・マキの人生で最も幸せな日」がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門の作品賞を獲得している。それに続く第2作だ。

1990年代。モスクワの大学で学ぶフィンランド人留学生のラウラ(セイディ・ハーラ)は、ペトログリフ(古代の岩面彫刻)を見に行くため、遠い北の町まで寝台列車で向かう。しかし、恋人が行けなくなり一人旅となったため、孤独と不安にさいなまれていた。そんな中、同室になったのは粗野なロシア人労働者のリョーハ(ユーリー・ボリソフ)だった。彼の行動にいら立ちを募らせるラウラ。だが、長い旅を続ける中で、2人の関係は少しずつ変わり始める。

冒頭はパーティーのシーン。といっても、大酒食らってバカ騒ぎするわけではない。文学作品などをネタにした格言クイズで楽しんだりする、ハイソなホームパーティーなのだ。そこでは「人間同士の触れ合いは、いつも部分的にすぎない」というマリリン・モンローの格言が取り上げられる。どうやら、これがこの後の物語を示唆する格言らしい。

そんなふうにこの映画にはあちこちに様々なメタファーなどが組み込まれている。物語自体はよくあるロードムービー、あるいはラブロマンスともいえるが、それにとどまらない深みを持つ作品なのである。

ホームパーティーが開かれたのは、フィンランド人留学生ラウラの恋人の家。恋人は年上の女性イリーナだった。そのパーティーでのラウラには、どこか異邦人のような場違いな雰囲気が漂っている。

2人は極北にあるペトログリフを見に行く約束をしていたが、イリーナはドタキャン。ラウラは気が進まないまま、一人で旅に出る。それは寝台列車による長い旅だった。

そんな彼女と同室(コンパートメントNo.6というのは寝台車の部屋番号らしい)になったのがリョーハというロシア人労働者。こいつがとんでもないやつなのだ。まあルックスはそこそこイケメンであるものの、いきなりウォッカをがぶ飲みして、乱暴な言葉でラウラに話しかける。「お前は売春婦か?」などと聞くのである。何と失敬なヤツ!

これはもうラウラならずとも怒り心頭だろう。ラウラは部屋を変えてくれと車掌に言うが、相手にされない。仕方なくサンクトペテルブルグで引き返そうとするものの、イリーナに電話で冷たくされ再び列車に戻る。

というわけで、基本的には列車の中が舞台のロードムービーだが、時々映される車窓のロシアの厳しい大自然が、ラウラの孤独と不安を象徴するようで印象深い。彼女のどこにも持って行き場のないモヤモヤした思いがこちらにも伝わってくる。

その後も色々なことが起きるのだが、その間にラウラのリョーハに対する気持ちが変化する。彼はどうも不器用でシャイな性格ゆえ、他人に悪態をついてまわる癖があるらしい。そもそも根はそんなに悪い人間ではなさそうだ。

リョーハに対する見方が少しずつ変化するにともなって、ラウラは自分も見つめ直す。イリーナをはじめ、ハイソな人々とつきあっている時の異邦人感。それは彼女がフィンランド人だからというだけではないのかもしれない。自分は何者なのか。

終盤はいよいよラウラがペトログリフを観に行こうとする。だが、そこには障害があった。そしてそこで頼ったのは……。

ラストの大自然の映像が素晴らしい。前半ではラウラの孤独と不安を象徴していたはずの厳しいロシアの自然が、ここでは彼女の幸福感に転化して描かれる。この逆転現象が素晴らしい。

そこでは、「ハイスタ・ヴィットゥ」という言葉も効果的に使われる。序盤でリョーハに苛立っていたラウラは、彼に「フィンランド語で“愛している”は何と言うのか」と聞かれ、「ハイスタ・ヴィットゥ」と答える。それは実は「くたばれ」の意味だった。ラウラはリョーハをからかったのだ。

だが、それがラストには愛の言葉に転化する。この逆転現象も秀逸だ。

けっして派手ではないがリアリティのあるセイディ・ハーラ、ユーリー・ボリソフの演技も見事なものだった。

風変わりなロードムービーラブロマンスだが、それだけではないと思う。ラウラとリョーハがわかり合えたように、国籍や民族、ジェンダーや職業といった異なるバックグラウンドを持つ人でも、きっとわかり合える、理解し合えるとクオスマネン監督は訴えているのではないだろうか。不寛容がはびこる今の世の中に対するアンチテーゼにもなっている作品だと感じさせる。

◆「コンパートメントNo.6」(HYTTI NRO 6)
(2021年 フィンランド・ロシア・エストニア・ドイツ)(上映時間1時間47分)
監督:ユホ・クオスマネン
出演:セイディ・ハーラ、ユーリー・ボリソフ、ディナーラ・ドルカーロワ、ユリア・アウグ
*新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ https://comp6film.com/

 


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