映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「WALK UP」

「WALK UP」
2024年6月28日(金)新宿シネマカリテにて。午後2時20分より鑑賞(スクリーン1/A-8)

~映画監督と4人の女。小さなアパートを舞台にしたホン・サンスの世界

 

ホン・サンスの映画をなぜ観に行くのか? そこにホン・サンスの映画があるからだ。

などとワケのわからないことを言っている場合ではない。10年ほど前から韓国のホン・サンス監督の新作が公開になると、必ずと言っていいほど映画館に足を運ぶようになってしまった。ベルリン国際映画祭銀熊賞を5度受賞している名匠だが、その作品はかなり変わっている。それでも一度観るとクセになってしまうのだ。

そんなホン・サンス監督の長編第28作目「WALK UP」が公開になったので、さっそく初日に鑑賞してきた。

映画監督のビョンス(クォン・ヘヒョ)が、疎遠だった娘のジョンス(パク・ミソ)を連れてある小さなアパートを訪ねてくる。そのアパートは4階建てで、インテリアデザイナーとして活躍するビョンスの旧友ヘオク(イ・ヘヨン)が所有していた。1階はレストラン、2階が料理教室&1席だけのレストラン、3階が賃貸住宅、4階が芸術家向けのアトリエ、そして地下がヘオクの作業場となっている。

ビョンスが訪ねてきたのは、インテリアの仕事がしたいというジョンスをヘオクに引き合わせたるためだった。ここからドラマが始まる。

最初のパートはビョンスとその娘ジョンス、そしてヘオクの3人が1階のレストランでワインを飲みながら会話をする。表面的には他愛もない会話だ。その後、3人は地下の部屋でワインを飲む。ビョンスはギターをつま弾いたりする。

まもなくビョンスに仕事の電話が入り、彼は一時的に外出する。残されたのはジョンスとヘオクだ。お互いにあまり知らない2人は、ぎこちない会話をする。そこでは、なぜビョンスとジョンスが疎遠だったのかが語られる。

ジョンスはヘオクに自分を雇ってくれるように頼む。その時、ちょうど酒が切れたため、ジョンスはコンビニに買いに出かける。

この後の展開が驚きだ。ヘオクとビョンスは2階の料理教室&1席だけのレストランで食事をしている。どうやら、前のシーンから時間が経過したらしい。ジョンスはヘオクのもとで働いていたが1か月で辞めてしまったという。

さらにその場にこのレストランを経営する女性ソニが加わり、今度は3人で会話をする。ビョンスは自身の映画が撮影間近なのに出資を断られて憤る。ピョンスの映画のファンだというソニはなぜか涙をする。

続いてまた時間が飛ぶ。今度は3階でビョンスとソニが一緒に暮らしている。ピョンスは体を壊して菜食を実践している。2人はともに憂鬱で心がすれ違う。

その後はまたしても時間が飛び、なんとビョンスが4階で別の女性と食事をしている。2人はラブラブのようだ。しかも、前のパートでは菜食主義だったビョンスが肉をほおばり、スパスパとたばこを吸うのだ。

というわけで、この映画はビョンスと4人の女性の予測不能な人間ドラマを4パートに分けて描いている。階が上がることに、ピョンスと別の女性との新たなエピソードが展開する構成だ。

ホン・サンス作品の特徴は、モノクロ映像で、酒を飲みながら会話をする登場人物を長回しで映し出すこと。本作でも、そういうシーンがたくさん出てくる。そこでの会話は何気ない会話だ。だが、そこから様々な人々の人生が浮かび上がる。そこには人生の本質が横たわっているのだ。

だが、しかし、本作ではビョンスの姿は4つのパートごとに大きく変化している。そこには時間経過があるとしても、なんとも不自然な気がする。

実はこの映画のラストには驚くべき仕掛けが待っている。それが何かは言わないが、その仕掛けによって、それまでに描かれてきたことの意味が大きく変わる。人によって解釈は分かれそうだが、個人的には、そこに至るエピソードは夢か妄想の産物なのではないかと感じた。それを連想させる描写もある。アパートの階が変わるごとに、ビョンスは違う女性との、あり得たかもしれない違う人生を思い描いていたのではないか。だとすれば、あの驚きのラストの仕掛けも納得できる。

いずれにしても、4つのパートごとにビョンスは異なる表情を見せる。にこやかに笑い、憤り、苦悩し、そしてまた笑う。そんなパートごとに異なるピョンスの姿を通して、人間の多面性が見えてくる。

いや、ビョンスだけではない。例えば、このアパートの家主のヘオクは優秀なインテリアデザイナーのようだが、別の顔も見せる。彼女は「このアパートはみんなカギなどかけない」とオープンさを強調するが、各部屋は暗証番号でガードされており、大家の彼女はその暗証番号を使って各部屋に入れるのだ。その他にも色々と人間の多面性を物語る場面が出てくる。

ただし、ホン・サンス監督はそれをネガティブに語らない。様々な面を持ち、惑い悩む人間をそこはかとないユーモアに包んで肯定的にとらえているのだ。「人間って複雑だよね。でも、それでいいじゃん」。そんな監督の声が聞こえる気がする。

役者たちもホン・サンス映画ではおなじみだ。主演のクォン・ヘヒョは「それから」「夜の浜辺でひとり」などに、共演のイ・ヘヨンは「あなたの顔の前に」に出演している。その他のキャストもホン・サンス作品の常連俳優だ。

そんなところも含めて、今回もまぎれもないホン・サンス印の映画だ(お得意のズームイン映像はないけれど)。初めて観る人は戸惑うかもしれないが、他の監督には出せない味がある。今回もホン・サンスの世界を十二分に堪能した。きっと次回作も観に行くんだろうなぁ。

◆「WALK UP」(WALK UP)
(2022年 韓国)(上映時間1時間37分)
監督・脚本・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:クォン・ヘヒョ、イ・ヘヨン、ソン・ソンミ、チョ・ユニ、パク・ミソ、シン・ソクホ
*新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ https://mimosafilms.com/hongsangsoo/

 


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