映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「小説家の映画」

「小説家の映画」
2023年7月3日(月)新宿シネマカリテにて。午後2時45分より鑑賞(スクリーン1/A-8)

~葛藤を抱えた2人の女性の連帯。どこからどう見てもホン・サンス印の映画

独特の作風で知られる監督は何人もいる。韓国のホン・サンス監督もその一人だ。彼の映画では、これと言って大きな事件は起こらず、登場人物がたわいないおしゃべりをするだけ。その様子を長回しの映像で描く。どこが面白いのかと思う人もいるだろうが、これがハマると抜けられなくなるのだ。

かくいう私もその1人。ホン・サンス沼にハマって、ここ10年ぐらいの作品はほとんど観ている。

今回の映画「小説家の映画」はモノクロ映画だ(過去にもモノクロ作品が何本かあった)。第72回ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員大賞)を受賞している。

主人公は、執筆から遠ざかっている有名小説家のジュニ(イ・ヘヨン)。長らく連絡を取っていなかった後輩の書店主(ソ・ヨンファ)を訪ねて地方へやってきた。彼女が書店に入るといきなり罵声が聴こえてくる。ジュニはそっと店を出る。

その後、書店主と書店員と3人でコーヒーを飲みながら会話をする。一見何気ない会話だが、そこにはスリルが潜んでいる。後輩の書店主は誰にも行き先を告げずにソウルを去ったため、ジュニの来訪に戸惑っているらしい。書店主と書店員の間にも何やら微妙な空気が流れている。

しばらく後、後輩たちと別れたジュニは観光名所のタワーにのぼる。そこで彼女は偶然、旧知の映画監督ヒョジン(クォン・ヘヒョ)夫妻に遭遇する。彼ら3人は外の景色を見ながらコーヒーを飲んでおしゃべりする。それもまた一見たわいのない会話だ。

だが、実はジュニとヒョジンには複雑な感情があった。かつてヒョジンはジュニの小説を映画化しようとしたが、結局実現しなかったのだ。ジュニはそのことを無念に思っているし、ヒョジンも気にしてしきりと言い訳をする。

3人はその後公園を散歩し始める。そこで、表舞台から遠のいた有名女優ギルス(キム・ミニ)とばったり出会う。ヒョジンはギルスに対して、「なぜスクリーンから遠のいたのか、もったいない」と言う。それを聞いたジュニは激怒し、「もったいないとは何事か。この人の人生を尊重すべきだ」と言い放つ。

ギルスと2人きりになったジュニは、彼女の出演で短編映画を作りたいと提案する。ギルスと気が合うと感じて、コラボレーションを持ちかけたのだ。ギルスは返事を先延ばしする。

その後、ギルスに誘われてジュニが会合に赴くと、そこはなんと冒頭に出てきた後輩の書店。そこで、後輩の書店主と店員、ギルス、そして詩人ともにマッコリを飲みながら、あれこれと語り合う。ところが、ここにもまた危険な香りが……。ジュニと詩人とは浅からぬ因縁があったのだ。

というわけで、表面的には何気ない会話なのに、ちょっとした仕掛けによってハラハラしたり、ワクワクしたり、クスクスと笑ったり、おまけにメッセージのようなものも伝わってくる。この会話の妙がホン監督の映画の魅力だ。こういう会話劇を構築する監督は、他にはいないのではないだろうか。

それを長回しの映像で描く。カメラは基本的に固定されていて、突如としてズームインを使ったりするのも過去の作品と同じ。それが何とも言えない味になっている。今回は自ら撮影も担当しているから、なおさらホン監督らしい映像になっている。

また、ジュニが自作の映画の構想を語るところでは、ホン監督の映画のポリシーらしきものも披露される。ドキュメンタリーではないが、ウソがない映画といった主旨のことを語っていたと思うが、あれはまさにホン監督の映画哲学そのものではないのか。

というわけで、偶然に偶然が重なり合って、ジュニはギルスと短編映画を作ることになる。心の葛藤を抱えてきた女性2人による連帯である。

終盤は映画完成後の顛末が描かれる。そこでは、映画の出来については明確に描かれない。ジュニやギルスの反応も、曖昧にぼかして観客の想像力に委ねている。

ただし、終盤のある場面でそれまでものクロだった画面は一気にカラーに変わる。ここは素晴らしく美しいシーンだ。ギルスと彼女が抱えた花が鮮やかに映し出される。

俳優たちは、ホン監督の映画の常連たち。いつも感心するのだが、あれほどの長回しのシーンでセリフを言うのだからそれだけでスゴイ。

ジュニを演じたベテランのイ・ヘヨンは「あなたの顔の前に」でホン監督作に初出演。商業映画にもよく顔を出していて、最近では「ハッピーニューイヤー」でいい味を出していた。ジュニの心の変遷がセリフ以外でもわかる演技だった。

一方、ギルスを演じたキム・ミニはホン監督の映画に欠かせない俳優。「逃げた女」など数多くの作品で主演を務めている。彼女の華のある演技が、この映画の魅力をさらに増している。

この素材で他の監督が撮ったら、全く別な映画になっていただろう。どこからどう見てもホン・サンス印の映画。私は今回も沼から脱け出せません。

あなたも一度体験してみてはいかが?

◆「小説家の映画」(THE NOVELIST'S FILM)
(2022年 韓国)(上映時間1時間32分)
監督・脚本・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:イ・ヘヨン、キム・ミニ、ソ・ヨンファ、クォン・ヘヒョ、パク・ミソ、チョ・ユニ、キ・ジュボン
*ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ http://mimosafilms.com/hongsangsoo/

 


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