映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「To Leslie トゥ・レスリー」

「To Leslie トゥ・レスリー
2023年6月29日(木)渋谷シネクイントにて。午後2時より鑑賞(スクリーン1/F-7)

アンドレア・ライズボローの迫真の演技で描く人生やり直しのドラマ

3年前に亡くなった母と去年亡くなった父は、生前いずれも宝くじに当たった経験がある。金額はともに100万円程度だったので、特に生活に変化があったわけではない。しかし、これがさらに高額な賞金ならどうだったろう。それを機に生活が激変する人も多いのではないか。

「To Leslie トゥ・レスリー」は、宝くじで高額当選したことが原因で人生につまずいた女性のドラマ。最初は単館公開のインディーズ映画だったものの、主演のアンドレア・ライズボローが迫真の演技を披露して第95回アカデミー賞で主演女優賞にノミネートされた。

映画の冒頭は、シングルマザーのレスリーアンドレア・ライズボロー)が、宝くじに当選して高額の賞金を手にしたシーン。レスリーは地元マスコミの取材を受けて狂喜乱舞する。その一方で息子のジェームズが冷静な表情でいるのが面白い。

その後、場面は一挙に数年後に飛ぶ。レスリーは幸せの絶頂から転落の道を歩んだわけだが、その経緯は描かない。何があったのかは、今の彼女の姿から推して知るべし、ということだろう。

というわけで、現在のレスリーは家賃を滞納して、家を追い出されてしまう。家主をはじめ周囲に悪態をつくその姿は、みじめそのものだ。しかし、そんな状態にもかかわらず彼女は酒場へ行く。そうなのだ。彼女は酒浸りになり、大半の金を酒で使い果たしたのだ。

家をなくしたレスリーは、6年も会っていなかったジェームズ(オーウェンティーグ)のもとに転がり込む。ジェームズは酒を飲まないことを条件に滞在を許す。だが、レスリーは酒を飲んだばかりか、ジェームズの友人の金を盗み、家を追い出されてしまう。

故郷に送り返されたレスリーは、古い知人のナンシー(アリソン・ジャネイ)とダッチ(スティーブン・ルート)の家に転がり込む。だが、ここでも酒がやめられず、またしても放り出されてしまう。

行く当てのないレスリーだったが、それでも手を差し伸べる人物が現れる。スウィーニー(マーク・マロン)という男が、自分が切り盛りするモーテルに住み込みで雇うと申し出たのだ。そこで再起を図るレスリーだったが……。

映画の前半から中盤までのレスリーは、とにかくだらしない。プライドだけが高く、過去の栄光にしがみつく。夜な夜な酒場に繰り出しては、宝くじが当たった頃の気分で酒を飲みまくる。まさしく救いようのないダメ人間である。だが、全否定はできない。彼女の行動を注視して見てしまう。それはなぜか?

テレビシリーズを手がけてきて、これが長編映画デビューとなるマイケル・モリス監督が、孤独や後悔の思いを彼女の行動の背景に忍ばせていることが大きい。最低のダメ人間でも、そうなるに至る理由(周囲も含めて)があることが何となくわかるのである。暗くなりがちな素材なのに、けっして暗いばかりではなくユーモアや明るさも盛り込んでいるのも特徴的だ。

そしてそれ以上に大きいのが、主演のライズボローの演技の力である。酒に溺れる姿があまりにもリアル。私もアルコールに溺れる人を何人も見てきたが、「この人、ホントのアル中じゃないの?」と思ってしまうほどホンモノなのだ。化粧っ気のない外見はもちろん、すさんだ生活でやつれ、「もはや人生終わりでしょ」という雰囲気を全身に漂わせている。

その演技がさらに冴えわたるのは、スウィーニーと知り合った後半だ。実はスウィーニーがレスリーに手を差し伸べたのには、ある理由があって、それが彼女の心を動かす原因にもなる。だが、それでもそう簡単に彼女は立ち直ったりはしない。

スウィーニーはこれまでの周囲の人間とは違い、レスリーに「酒をやめろ」とも何とも言わなかった。だから、最初はレスリーは堂々と酒を飲みに行っていた。だが、それが仕事に悪影響を及ぼす。もう待ったなしだ。人生をやり直せるかどうか、ギリギリの瀬戸際なのだ。彼女はそれを自覚し酒をやめようと決意する。

しかし、そう決めてからも何度も失敗し、そのたびにスウィーニーを心配させる。頭ではやめようと思っているのに、身体は自然に酒を求めてしまう。そして、実際に酒を控えると猛烈な苦しみが彼女を襲う。そんなレスリーの心と体の揺れを、ライズボローが見事に体現している。アカデミー主演女優賞ノミネートも納得の演技である。彼女の演技を観るだけでも、本作を観る価値がある。

レスリーが味わうのは酒をやめる苦しみだけではない。小さな田舎町では彼女は有名人だ。かつての栄光はもちろん、その後の転落もみんな知っている。勢い誰もが彼女を見る。その視線も彼女を苦しめるのだ。

それでも、そうした苦難を乗り越えた終盤は、前向きな展開に突入する。それはいかにもアメリカ映画らしい、楽天的とも思える展開だ。だが、そこに至るまでのライズボローの演技のおかげで、ウソ臭さはまったく感じられない。小さなダイナーでのラストシーンでは誰もが間違いなく感動してしまうはずだ。私も温かなものがこみ上げてきてたまらなかった。

主演のライズボロー以外にも、「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」でアカデミー助演女優賞を受賞したアリソン・ジャネイ、「猿の惑星」シリーズの新作にも出演が決まっているらしいオーウェンティーグらが好演。特にスウィーニーを演じたマーク・マロンの懐の深い演技が素晴らしい。裸で飛び回り遠吠えする変人役のアンドレ・ロヨの切れた演技も笑わせる。

一人の女性の波乱の人生を通して、人生はやり直しができることを伝えた秀作。アンドレア・ライズボローの演技だけでも必見の映画だ。

◆「To Leslie トゥ・レスリー」(TO LESLIE)
(2022年 アメリカ)(上映時間1時間59分)
監督:マイケル・モリス
出演:アンドレア・ライズボロー、アンドレ・ロヨ、オーウェンティーグ、スティーヴン・ルート、ジェームズ・ランドリー・ヘバート、マーク・マロン、アリソン・ジャネイ
角川シネマ新宿ほかにて公開中
ホームページ https://movies.kadokawa.co.jp/to-leslie/

 


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