「aftersun／アフターサン」
2023年6月27日（火）新宿ピカデリーにて。午後1時より鑑賞（スクリーン7／Ｄ－8）
～父と過ごした思い出の日々を振り返る娘。ノスタルジーと切なさと
劇場で観たかったのに、観ないうちに公開が終了してしまう。そんな映画がたくさんあるわけだが、ギリギリのところで何とか間に合ったのが「aftersun／アフターサン」。5月26日の公開から1ヶ月経ってようやく鑑賞した。
父と娘のドラマだ。11歳の少女ソフィ（フランキー・コリオ）は、夏休みに31歳の父親カラム（ポール・メスカル）とともにトルコのリゾート地にやってきた。カラムは離婚して普段はソフィとは離れて暮らしていた。まぶしい太陽の下、2人は親密な時間を過ごす……。
というわけで、リゾート地で過ごす父娘の様子が描かれる。それは、とりたててどうということもない毎日だ。スキューバダイビングを楽しんだり、空に浮かぶパラグライダーを眺めたり。思春期のソフィが大人たちの世界を垣間見たり、ゲームで知り合った同世代の男の子とキスをするシーンもある。
それをキラキラと輝く美しい映像で描く。まばゆい陽光のもと、父と娘や周囲の人々が生き生きと躍動する。海も空もきれいだし、リゾート地らしいお楽しみも色々ある。
そして、この親子がとびっきり仲がいいのだ。カラムは母と離婚したとはいえ、ソフィのことは大好きだし、ソフィもカラムを頼りにする。もちろん、多少の感情のすれ違いはあるが、年が近いこともあって周囲から兄妹に見間違えられるほど、仲良しなのである。
そんな親子を見ているうちに、自然に微笑んでしまう。バカンス映画の要素もあり、実に心地よい映画だ。
だが、それだけではない。実はこの映画には意外な仕掛けがある。ここで描かれるのは現在進行形のドラマではないのだ。
冒頭にはソフィがビデオカメラで撮影したカラムの映像が登場する。その後も、随所にビデオカメラの映像が挿入される。要するに、この映画は父と同じ年齢になったソフィが、20年前の父との思い出の旅行の記録を見ながら、自らの記憶を掘り起こしていくというスタイルをとっているのだ。
映画の途中から、単なる仲良し親子という側面とは違うものが見えてくる。幸福感に包まれていた旅が少し違ったものに見えてくる。
カラムは明るい表情の端々で、何かに苦悩している様子がうかがえる。経済的に厳しい状況にあり、精神的にも疲弊しているようだ。映画の終盤では後ろ姿のカラムが、さめざめと泣くシーンが描かれる。それどころか、彼の自死を暗示するかのようなシーンまで登場する。
それらは、幼いソフィにはわからなかったことだ。ビデオ映像のカラムはひたすら明るく見える。だが、「11歳の時に何になりたかったの？」という質問に、頑なに答えることを拒否する父の姿に、今のソフィは人生の暗い影を見てとる。
その後カラムは自死したのだろうか？ だとすればあまりにも切ない。
これが長編デビューとなるスコットランド出身のシャーロット・ウェルズ監督は、意表を突いたカメラワークや光の使い方が独特で、色彩感覚も豊か。なかなかの才気を感じさせる。
細かい説明を省いて観客に判断を委ねる姿勢も特徴的だ。光と影の中をうごめく人の姿が何度も描かれるし、意味不明に思える映像なども挟み込まれ、観客の想像力を刺激する。あれは大人になったソフィの空想の世界なのだろうか。
この映画の最大のハイライトは終盤のダンスシーンだろう。クイーン＆デビッド・ボウイの名曲「アンダー・プレッシャー」に乗せて、尻込みするソフィをカラムが引っ張り出して、一緒にダンスを踊る。それは父と娘の絆の強さを示すとともに、喪失の悲しみを物語る場面である。
カラムを演じたポール・メスカルは、本作の演技でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。光の中に影を忍ばせた見事な演技だった。また、ソフィを演じたフランキー・コリオはオーディションで選ばれた新人とのこと。その愛らしさが際立つ。
大人になったソフィの視線を導入した仕掛けが、この映画の肝だ。それによって、この映画からはノスタルジックさと切なさが醸し出されている。デビュー作にしてこれだけの映画を撮ったウェルズ監督、次回はいったいどんな映画を見せてくれるのだろうか。
◆「aftersun／アフターサン」（AFTERSUN）
（2022年 イギリス・アメリカ）（上映時間1時間51分）
監督・脚本：シャーロット・ウェルズ
出演：ポール・メスカル、フランキー・コリオ、セリア・ロールソン＝ホール
＊新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/aftersun
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