映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「逃げた女」

「逃げた女」
2021年6月14日(月)新宿シネマカリテにて。午後2時35分の回(スクリーン1/A-8)

~解釈はあなた次第。ホン・サンス監督の独自の世界

韓国の巨匠、ホン・サンス監督の映画は独特だ。どの作品でも事件らしい事件は起こらず、登場人物の会話で構成される。それもとりとめのない会話ばかりである。そうかと思えば、突然カメラをズームしたりパンしたりして、観客の心を戸惑わせる。全てが何らかの意図を持っているようで、深読みしようと思えばいくらでも深読みできる。

第70回ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を獲得した「逃げた女」も、ホン監督らしい映画といえる。

主人公ガミ(キム・ミニ)は、夫が出張に出て時間ができたので、友達に会いに行く。最初は郊外に住むヨンスン(ソ・ヨンファ)。彼女は離婚して同性の同居人と暮らしている。彼女との会話を通して、ガミは5年前に結婚して(相手は翻訳家であることがあとあと判明)、「愛する人とはずっと一緒にいるべきだ」という夫の言葉に従って、5年間一度も離れなかったことが明らかになる。

ガミとヨンスンは他愛もない会話を続ける。ガミの持参してきた肉を焼いて食べながら、「ベジタリアンになりたい」「子牛の眼がかわいい」などと語る。そうかと思えば、ヨンスンたちが野良猫に餌をあげることに隣人がクレームを付けに来る。あるいは夜になれば、別な隣家の娘がタバコを吸いに庭に現れて、ヨンスンが彼女の身の上を案じる。

2人目の友人は街中で1人暮らしのスヨン(ソン・ソンミ)だ。ピラティスの講師をしている彼女は、数年おきに創作舞踏の公演もしているという。これもまあ他愛のない会話なのだが、その中でスヨンが最近良い居酒屋を見つけ、そこで同じマンションに住む男と仲良くなったという話が明かされる。男は離婚間近らしい。スヨンはうきうきしている。

だが、次の瞬間、一気に彼女は不機嫌になる。酔って一晩だけ関係を持って振った男が現れて、復縁を求めたのだ。「あなたのやっていることはストーカーだ」とスヨンは拒絶するが、男は納得しない。

そして、3人目の友人ウジン(キム・セビョク)とは、彼女が働く映画館(ミニシアター的な)で偶然に再会する。ここでは両者の間に微妙な空気が流れる。どうやらウジンは昔ガミが交際していた小説家と結婚しているらしい。そのことを巡って、過去には相当に大きな出来事があったようだ。ウジンはガミの手を握り、「ごめんなさい」と謝罪するが、ガミは気にしていないと告げる。

その後、映画館で映画を鑑賞したガミは、再びウジンとトークを繰り広げる。そして、ウジンの夫である小説家と偶然再会する。2人の間に気まずい空気が流れる。

というわけで、相変わらずのホン・サンス節である。恋愛、仕事、人生をはじめ様々な話題のトークを映し出していく。動きの少ない場面を、固定カメラでとらえる手法もいつも通り。そうかと思うと、会話の途中でズームインして戸惑わせるのも常套手段。何やら意味のあるような、ないような。何らかの仕掛けがあるような、ないような。

ここに出てくる女性たちは、いずれも表面的に平穏な日々を送っているように見えて、危うい影も垣間見せている。話していることは本心なのか、それとも心は別なところにあるのか。

考えてみれば、ガミにしても奇妙といえば奇妙だ。「夫は、愛する人とはずっと一緒にいるべきだと考えている」とひたすら同じセリフを繰り返す。え? これって本当のことじゃないの?

そもそもタイトルにある「逃げた女」って誰のこと? ガミ? それとも……。

謎を観客に委ねたままで、映画は唐突に終わる。とりようによっては、どうにでも解釈できる映画だ。余白の多い映画というよりは、余白だらけの映画。観客それぞれが自分で物語を紡ぐしかない。

だが、それもこれもホン監督の思惑通り。悔しいけれど、毎回映画館に足を運んでしまう。観れば観るほどクセになる。監督の思う壺だ。今回も見事に術中にはまってしまった。

これは、もう観た人ごとにあれやこれやと自由に解釈するしかない。その答えは無数にある。これも映画なのだ。

最近はすっかりホン・サンス映画の常連になったキム・ミニの不思議な存在感が魅力的。「はちどり」でヨンジ先生を演じたキム・セビョクが顔を出しているのも嬉しいところ。

 

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◆「逃げた女」(THE WOMAN WHO RAN)
(2020年 韓国)(丈衛時間1時間17分)
監督・脚本・編集・音楽:ホン・サンス
出演:キム・ミニ、ソ・ヨンファ、ソン・ソンミ、キム・セビョク、クォン・ヘヒョ
*ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほかにて公開中
ホームページ http://nigetaonna-movie.com/


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