映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「はちどり」

 「はちどり」
2020年6月25日(木)ユーロスペースにて。午前11時30分より鑑賞(スクリーン1/B-9)。

~思春期の少女の壊れそうな心を繊細さとミステリアスな空気感で描く

この間の月曜に奥歯を抜歯して以来、何だかダルいのは気のせいだろうか。何にしてもあんまり出歩く気はしなかったのだが、どうしても観たい映画があって渋谷のユーロスペースへ足を運んだ。

その映画とは「はちどり」(HOUSE OF HUMMINGBIRD)(2018年 韓国・アメリカ)。数々の映画祭で賞を獲得したこともあり前評判が高く、土日はほぼ満席。この日も平日の午前中にもかかわらず、同様の混雑だった。ユーロスペースも他の映画館同様に席数をほぼ半減しているとはいえ、相当な人気ぶりである。

本作が長編デビューとなる1981年生まれのキム・ボラ監督が、自身の少女時代の体験をもとに描いたドラマだ。なので舞台は1994年の韓国・ソウル。ちなみに、当時はスマホなどあるわけもなく、その代わりにポケベルがよく登場する。

主人公は14歳の中学生ウニ(パク・ジフ)。思春期真っただ中の彼女は両親と姉、兄と団地で暮らしている。冒頭はそんなウニが帰宅するも、在宅のはずの母が鍵を開けてくれないという不可思議なシーン。そうなのだ。本作は思春期映画ではありながら、全編をミステリアスで不穏な空気が包む異色の作品なのである。

ウニには居場所がない。小さな餅屋を営む両親は兄の大学受験にしか関心がなく、父親は食卓でウニや姉を怒鳴りちらすばかり。兄は両親の目を盗んでウニに暴力をふるうし、姉は男友達と隠れて遊びまくっている。さらに彼女は学校でも浮いた存在で、居心地の悪さを感じている。ウニは常に孤独な思いを抱えていたのである。

はたして、このウニにはキム・ボラ監督の過去がどれほど反映されているのだろうか。そこはよくわからないのだが、ウニの人物設定の絶妙さに感心させられた。例えば家庭だが、ウニにとって息苦しい場所ではあるものの、完全な崩壊状態というわけでもない。その一歩手前でかろうじて踏みとどまっている。学校も然りだ。居心地が悪いウニだが強烈なイジメにあっているわけでもない。それどころか別の学校に通う親友もいるし、ボーイフレンドもいる。

この絶妙な設定ゆえに、観客はウニに感情移入しやすくなる。彼女のことを自分たちと無縁の極端な存在ではなく、どこにでもいる自分と似通った存在に思うはず。それによって本作は、単なるウニという一人の少女の物語を超えて、普遍性を獲得しているのである。

絶妙なのは設定だけではない。被写体との距離感も絶妙だ。家族や学校、他人、社会、さらには自分自身に対する嫌悪や違和感も抱え、壊れそうなウニの心情。その揺らめきを繊細かつみずみずしく切り取る。自身のことを描くとなれば、どうしても主人公にベッタリくっつきがちだが、本作はそうではない。寄りの映像でウニの表情やしぐさを余すところなくとらえたかと思えば、引きの映像でウニが感じる周囲との違和感をあぶりだすなど、寄り添い過ぎず突き放し過ぎない絶妙の距離感なのだ。

そんな繊細でみずみずしい描写の一方で、先ほども述べたミステリアスで不穏な空気が漂い続ける。母の兄(ウニの伯父)の挙動不審な行動、街中で大声で呼び掛けてもまったく反応しない母などが観客の心をざわつかせる。それがウニの周囲の世界の危うさを見せつけるとともに、彼女の心の孤独や違和感をより際立たせる役割を果たしている。

ボーイフレンドと初々しいキスを交わしたり、親友と悪さをしたり、さらに後輩女子とデートをするなど、ウニの青春のきらめきも描かれる。だが、思春期の人間関係はもろく壊れやすい。そこでまた彼女は孤独を味わうことになる。

そんな中、ウニが通う漢文塾に不思議な雰囲気の女性教師ヨンジ(キム・セビョク)がやって来たことから、ドラマに新たな展開が訪れる。彼女は孤独なウニに優しく寄り添う。その寄り添い方がこれまた絶妙なのだ。何やら現実の存在とは思えないような雰囲気も漂わせながら、静かにウニの話を聞き声をかける。

特に印象深いのが、ウニと仲違いした親友との前で何も言わずに、静かにヨンジが歌を歌う場面だ。それはひたすら美しく優しいシーン。観ていて思わず鳥肌が立ってしまった。

もしかしたらヨンジの存在には、キム・ボラ監督自身の姿が投影されているのではないか。成長した彼女が、かつて少女時代だった自身を優しく導いているのではないか。そんなことまで考えてしまった。

だが、ドラマはそれでは終わらない。本作のもう一つの不穏な要素として、ウニの耳の下にできたしこりの話が出てくる。その描き方がちょっとホラー映画っぽいのが面白いのだが、それがまた彼女と家族との関係や彼女自身の変化に絡んでくる。

そして、終盤にはある大きな事件が起きる。本作には当時アメリカで開催されたサッカー・ワールドカップや、北朝鮮のキム・イルソン主席の死去などの史実も織り込まれているのだが、終盤の事件も実際に起きた事件である。それは大きな悲劇であり、ありがちな映画なら感情過多の展開に突入しそうだ。だが、そうはならない。悲劇をウエットに描くのではなく、ウニの心の成長へとつなげる。さりげない光を提示したラストにうならされた。

ウニを演じたパク・ジフが素晴らしい演技を見せている。キム・ボラ監督に導かれてウニになり切ったのであろう。その表情が、しぐさが、ウニの心情をリアルに映し出す。小さな体で必死にはばたく。まさに「ハチドリ」のような姿だった。そして、ヨンジ役のキム・セビョクが、これまた素晴らしい。独特の存在感の示し方や間の取り方など、絶品としか言いようがない演技だった。

強権的な家父長制、学歴主義、男女差別などこの映画の背景には様々な社会的テーマがある。それらに強くフォーカスするのではなく、あくまでも思春期の一人の少女の孤独と成長のドラマとして描いたことが功を奏している。かつて思春期を過ごした多くの人々の心に強く響くのではないだろうか。

それにしても長編デビュー作にして、これだけ絶妙揃いの見事な作品を撮ってしまったキム・ボラ監督。次の作品が大変だろうなぁ~、と余計なお世話ながら心配になったりもするのだった。

 

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◆「はちどり」(HOUSE OF HUMMINGBIRD)
(2018年 韓国・アメリカ)(上映時間2時間18分)
監督・脚本:キム・ボラ
出演:パク・ジフ、キム・セビョク、チョン・インギ、イ・スンヨン、キル・ヘヨン、パク・スヨン
ユーロスペースほかにて公開中
ホームページ http://animoproduce.co.jp/hachidori/