映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「サンダーロード」

「サンダーロード」
2020年6月20日(土)新宿武蔵野館にて。午後2時55分より鑑賞(スクリーン2/C-5)。

~母の葬儀で変なダンスを踊った警官の迷走と親子のドラマ

サンダンス映画祭といえば、ロバート・レッドフォードが主催して1978年から始まったインディーズ映画のための映画祭。ロバート・ロドリゲスクエンティン・タランティーノジム・ジャームッシュ、最近ではライアン・クーグラーデミアン・チャゼルといった多くの監督が、この映画祭で知名度を高めている。

そんな中、またまた新たな才能が誕生した。大学在学中から主に短編映画を手がけ、2016年のサンダンス映画祭で短編グランプリを受賞したジム・カミングスだ。わずか12分のその短編を、自身が監督、脚本、編集、音楽、そして主演も務めて長編映画化した作品が、「サンダーロード」(THUNDER ROAD)(2018年 アメリカ)である。

主人公は、テキサス州の警官ジム・アルノー(ジム・カミングス)。最愛の母親が亡くなり葬儀が行われる。彼には姉と兄がいたが2人とも葬儀には出席しなかった(のちに姉と母には確執があったことが明かされる)。ジムはそこで感動的なスピーチをする。特に失読症だった自分のために、母が大学の教材をテープに録音して送ってくれたエピソードが胸を打つ。だが、どこかが変だ。突然泣き出すなど情緒不安定なところがあり、素直に感動できない。むしろ大げさすぎて笑ってしまうのだ。それでも、そこでやめておけばまだよかったのだが……。

ジムはその後、バレエ教室を主宰していた母のために母が好きだったブルース・スプリングスティーンの「涙のサンダーロード」に合わせて踊ろうとする。ところが娘から借りたラジカセが故障して曲が流れず、無音の中でダンスを踊る。それは何とも珍妙なダンスで、参列者は戸惑いの表情を浮かべるばかりだった。

はたしてこの設定は最初から意図したものなのか。もしかして権利関係がクリアできなくて、こうなったのか。そのへんはよくわからないのだが、結果的にはこの設定が大成功だった。ワンカットの長回しで撮られたこのシーン。これがその後のジムに襲い掛かるトラブルの予兆となる。

ジムは私生活でトラブルを抱えている。妻のロザリンドと離婚し、娘のクリスタルは不倫相手と暮らす彼女のもとにいる。親の権利としてたまにクリスタルと一緒に過ごすものの、うまくコミュニケーションが交わせないジム。「手遊び」で心が通い合ったと思ったら、「化粧」をめぐって対立するなどギクシャクした関係が続く。

一方、彼は仕事でも失敗続きだ。酔っ払いにブチ切れて大暴れし、包丁を持った男を説得しようとしたら自殺されてしまう。さらに、娘の親権をめぐる争いで、例の母の葬儀で踊る映像が奇行の証拠として提出されると、相棒の黒人警官ネイトに八つ当たりして、ついに警官を解雇されてしまう。

こうしてボロボロになっていくジムの迷走を笑いとともに描き出す。それはジムの空回りや情緒不安定さからくるオフビートな笑いだ。同時に、そこには人生のほろ苦さや悲しみもある。笑いと苦さ、悲しみが独特のバランスで配合されているのがこの映画の特徴だろう。

それにしても、ジム・カミングス。役者としてもなかなかのものだ。これだけふり幅の大きいジムの心の中を的確に表現している。警官をクビになって延々と胸の内をぶちまけるシーンなど、一人芝居のような場面もあるのだが、そのあたりの演技も圧巻だ。その一方で、娘との心の通い合いなどで繊細な演技も披露する。

あまりに思い込みの激しいジムに、最初のうちはちょっと引いていたのだが、観ているうちにどこか憎めなくなってきた。それもジム・カミングスによる脚本、演出、演技のおかけだろう。

また、本作には不思議な場面も登場する。例えば、ジムが不良少女を補導するシーン。あれは単なる回想なのか。それともジムの夢(娘のクリスタルの姿をそこに見出だした?)なのか。あるいは終盤で、唐突に母の墓に行ったり、大きなバッグを抱えて家を出るジムの姿には、どんな意味があったのか。詳しい説明はないのだが、それらの場面もまた独特な味わいになっている。

唐突といえば、ラストも唐突だ。まさかの出来事が起きて、クリスタルはジムのもとに戻る。いくら何でも無理やりな展開の気もしないではないが、心が温まるシーンなのは間違いない。

ジムの母は「涙のサンダーロード」を聞いて故郷を出たという。ジムはクリスタルに言う。「パパと来るか?一緒に逃げるか?」。それに頷くクリスタル。この先、2人はどこへ行くのだろうか。エンディングでバレエを鑑賞するクリスタルを見つめるジムの姿を見て、2人の行く末が明るいものであることを祈らずにはいられなかった。

しかし、まあ風変わりな家族&親子のドラマである。その不思議なタッチゆえ、ハマる人はハマるだろうが、ついて行けない人もいるかもしれない。

とはいえ、個人的には母とジム、母とジムの姉、そしてジムとクリスタル、それらの親子の姿を通して、親子関係の難しさ、複雑さとともに絆の強さを確認することができた。ジムのような父親がいたらクリスタルも苦労するだろうが、いつかはきっと理解するはず。そんなふうにも感じられた。

ちなみにエンドロールでついに流れるかと思った「涙のサンダーロード」だが、結局最後まで流れることはなかった。やっぱり権利関係の問題なのだろうか。ちょっとだけでもいいから聞きたかったなぁ。

 

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◆「サンダーロード」(THUNDER ROAD)
(2018年 アメリカ)(上映時間1時間32分)
監督・脚本・編集・音楽:ジム・カミングス
出演:ジム・カミングス、ケンダル・ファー、ニカン・ロビンソン、ジョスリン・デボーア、チェルシーエドマンドソン、メイコン・ブレア、ビル・ワイズ
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://thunder-road.net-broadway.com/