「あつい胸さわぎ」
2023年6月21日（水）google playにて鑑賞。
～若年性乳がんの娘と母の絆と葛藤を軽やかに描く
本日は珍しく劇場ではなく、配信で観た映画をお届けです。
映画館に行くにはちょっと体調が悪い。とはいえ、横になるほどでもない。さて、どうしようかと思ってチラチラと配信映画を覗いていて目についたのが「あつい胸さわぎ」。今年の1月に公開され、一部で高評価を得たものの、つい見逃してしまった映画だ。
もともとは、劇作家・横山拓也による演劇ユニット「iaku」の舞台劇とのこと。それを「恋とさよならとハワイ」のまつむらしんご監督が映画化した。
港町の古い一軒家で、母・昭子（常盤貴子）と2人で暮らす武藤千夏（吉田美月喜）。念願の芸大に合格した彼女は、大学から出された創作小説の課題「初恋の思い出」に取り組んでいた。千夏は中学時代に初恋相手から言われた言葉が忘れられず、苦い思い出となっていた。その初恋相手である川柳光輝（奥平大兼）と再会したこともあって、千夏はその思い出を小説に綴っていく。そんなある日、昭子は千夏の部屋で、乳がん検診の再検査通知を見つけてしまう……。
何の予備知識も持たずに観たので、最初はよくある母娘の絆と葛藤のドラマかと思ってしまった。いや、確かに絆と葛藤のドラマではあるのだが、そこに意外なテーマが絡んでくる。
本作のタイトルは「あつい胸さわぎ」。そして、本作では千夏の「胸」が何度もクローズアップされる。それもそのはず、千夏は若年性乳がんを発症してしまうのだ。
こうした題材だと、ともすれば暗い映画になりがちだ。だが、本作は極めて軽やかなタッチで描かれる。関西弁の効果もあってユーモアが全編に詰め込まれている。その一方でもちろん深刻な場面もある。それがメリハリの利いた起伏のあるドラマとなって、観客の心により深く突き刺さるのだ。
ドラマの軸になるのは親子の物語である。笑いの絶えない明るい家庭を築いてきた昭子と千夏。がさつだが娘を心から愛する昭子。そんな母を煙たがりつつ依然としてその庇護のもとにいる千夏。だが、千夏の乳がん疑惑が暗い影を落とする。娘の身を案じた昭子は本人以上にネガティブになっていく。一方の千夏は光輝との距離が縮まるのを感じ、「こんなに胸が高鳴っているのに、病気になんかなるわけない」と不安な気持ちを打ち消す。
だが、検査の結果は乳がん。医師のアドバイスもあり、努めて明るく振る舞う昭子。千夏のために一番の治療をするという。だが、当事者の千夏は大きな苦悩を抱えることになる。昭子との考え方の違いも浮上する。仲良し親子にすれ違いが生じるのである。
この親子に絡んだ様々な人々のドラマも描かれる。まずは昭子と職場に赴任してきた木村 基晴（三浦誠己）とのロマンス。不器用だが裏表のない人柄に惹かれた昭子は、少しずつ木村との距離を近づけていく。親子の関係にも木村が深くかかわる。
そして、そんな親子を見守るのが昭子の職場の同僚の花内透子（前田敦子）。何かと親子の相談に乗り、2人を応援する。千夏にとっては頼りになる姉貴分的な存在。だが、そんな姉貴分があろうことか千夏の恋の邪魔者になる。
ちなみに、透子が最初に出てきた時には前田敦子が演じているとは気がつかなかった。普通のおばさん風なのである。それが時間の経過とともにどんどん魅力的に見えてくる。今さらながら、前田敦子の女優としての凄さを見た気分だ。
まだまだドラマはある。千夏の発達障害の友人（佐藤緋美）と母（石原理衣）のドラマである。息子の障害を弱みに見せまいとして必死になる母と天真爛漫な息子。短いエピソードながらも、母のひたむきな愛と苦悩を描いて見応えがある。
それにしても、これだけの内容を約90分のドラマに詰め込んで、窮屈になるどころかキラキラ輝かせて見せた見事な脚本（元の舞台劇は観ていないのでわからないが）。誰が書いたのかと思ったら、「凶悪」の高橋泉だった。なるほどねぇ～。
ラストも印象的。発達障害の友人をうまく使い（気の利いた心遣い！）、千夏の笑顔が心地よい余韻を残す。昭子と千夏の絆に加え、千夏の成長をクッキリと刻んでドラマは終わる。
主演の吉田美月喜はいかにも青春映画にピッタリの雰囲気。くるくる変わる表情がとても良い。母親役の常盤貴子もさすがの演技だった。奥平大兼、三浦誠己らも好演。
人生は思い通りにならないが、それでも捨てたものではない、という気持ちにさせられるドラマだった。こんなに良い映画なら劇場で観ておけばよかった。おススメです。
◆「あつい胸さわぎ」
（2023年 日本）（上映時間1時間33分）
監督：まつむらしんご
出演：吉田美月喜、常盤貴子、奥平大兼、前田敦子、佐藤緋美、石原理衣、三浦誠己
＊各配信サイトにて配信中
ホームページ https://あつい胸さわぎ.jp
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