映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「遠いところ」

「遠いところ」
2023年7月7日(金)シネ・リーブル池袋にて。午後2時30分より鑑賞(シアター2/E-5)

~17歳の母親の転落。ここには沖縄の若者の過酷な現実がある

夏休みになると給食がなくなって、まともに食事をとれない子供の存在が問題になっている。だが、沖縄の現状はもっと深刻だ。若者の貧困が大きな社会問題になっている。それが子供にも影響している。

「遠いところ」は、その貧困問題をはじめ沖縄の様々な問題を視野に入れたドラマだ。

主人公は、沖縄県のコザで幼い息子を抱えて暮らす17歳の女性アオイ(花瀬琴音)。生活のために祖母に幼い息子を預け、友達の海音(石田夢実)と朝までキャバクラで働き生活費を稼いでいる。建築現場で働く夫のマサヤ(佐久間祥朗)は仕事をやめて、新たな仕事を探そうともしない。その上、マサヤはアオイに暴力を振るうようになる。

アオイは経済的にどんどん追い詰められていく、キャバクラに警察の手入れが入ったことから、アオイは店で働けなくなる。さらに、マサヤは貯金を持ち出して、行方をくらましてしまう。仕方なく義母の家で暮らし、昼間の仕事を探すアオイ。だが、そこにマサヤが暴力事件を起こして逮捕されたという連絡が入る。事件を穏便に済ませるには示談金が必要だという。そんな時ある誘いの声がかかる……。

あらすじを追えば典型的な転落物語である。だが、ここには紛れもなく沖縄の若者の現実がある。工藤将亮監督は撮影の5年前から沖縄の若者から多くの話を聞き、それをもとにこのドラマを構築したという。そこにウソ臭さはない。細部にわたるまで事実に基づいて作られている。

セリフにもウソがない。沖縄の言葉をそのまま話すので、門外漢の私にとってはよく意味のわからない言葉もあるのだが、それでも沖縄のリアルを描くという点では十分に成功している。つまり、このドラマは奇をてらうことなく、ありのままの沖縄の現実を提示しているのだ。

劇中でアオイは負のスパイラルに陥り、どんどん悪い方向に進んでいく。はたから見れば、ダンナと早めに離婚しておけばいいような気もするし、ダンナの示談金を彼女が負担する必要などないように思える。だが、それもまた現実なのだろう。過酷な事態の真っ只中で、冷静な判断をするのは難しい。

工藤監督はありのままの沖縄の現実を提示している。声高なメッセージを発したり、自分の主張を押し付けるようなことはしない。

それでも浮かび上がってくるものがある。映画の中で、沖縄のデニー玉城知事の政策についてラジオで報道される場面がある。そこでは「誰一人取り残さない」というようなことがうたわれていた。その理想と目の前の現実の落差に愕然とする。これでいいのか?

そして、その疑問は沖縄だけでなく日本政府にも向けられる。ミサイルを買いまくり、防衛費に大金を使う日本政府。「異次元の」少子化対策なるものを打ち出しているが、その財源は明確でない。何よりも今、目の前にある貧困に向き合う意志が少しも感じられない。これでいいのか?

というようなことは、あくまでも映画を観た私が感じたことである。工藤監督がそういうことを言っているわけではない。しかし、その控えめな態度が、余計にドラマの登場人物の悲惨な運命を際立たせ、観る者に様々なことを考えさせるのである。そういう意味で鋭い問題提起を行ったドラマといえる。イギリスの名匠ケン・ローチの作品とも共通するものがあるのではないか。

まあ、正直なところ観ていてつらくなりますよ。救いようのない場面の連続だもの。アオイにとって心強い味方ともいえる海音だって、その先に待つのは悲しい運命なのだから。

わずかに終盤で、アオイがある男に乾坤一擲の反撃を食らわせる場面では、胸のすく思いがして思わず拍手しそうになった。それはその男だけでなく、アオイや海音を苦しめてきた男どもに対する反撃なのだ。性差別もまたこの映画のテーマの一つなのだと思う。

とはいえ、その後のアオイの行動を見てまたしても心が苦しくなってしまった。それは無我夢中の必死の行動だ。太陽の光を浴びて、子供を抱き上げるアオイ。それは絶望の果ての微かな希望だと思いたい。ぜひそうあって欲しい。

俳優陣は、脇役に松岡依都美、カトウシンスケ、尚玄、早織、宇野祥平池田成志ら名の売れた俳優を配しているが、主要キャストはほとんど無名に近い。それでも、その演技はみんなリアルだった。特に撮影1カ月前からコザで実際に生活して役を作ったという主演の花瀬琴音の鮮烈な演技が素晴らしい。

過酷な沖縄の若者の現実を真正面から描いたドラマだ。その迫力に圧倒される。そして、同時に作り手の真摯な問題提起が、胸に突き刺さるドラマだった。これが現実なのだ。しかと見届けよ!

◆「遠いところ」
(2022年 日本)(上映時間2時間8分)
監督:工藤将亮
出演:花瀬琴音、石田夢実、佐久間祥朗、長谷川月起、松岡依都美、小倉綾乃、NENE、奥平紫乃、高橋雄祐、カトウシンスケ、岩谷健司、岩永洋昭、米本学仁、浜田信也、尚玄、上地春奈、きゃんひとみ、早織、宇野祥平池田成志、吉田妙子
ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中
ホームページ http://afarshore.jp/

 


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