映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「アシスタント」

「アシスタント」
2023年6月18日(日)シネマート新宿にて。午後2時45分(スクリーン1/A-8)

~映画業界で働く女性の1日を通してハラスメントの実態をリアルに見せる

ハリウッドの大物プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによる性加害事件が明るみに出たのが2017年。その2年後の2019年に製作された映画「アシスタント」は、映画業界におけるハラスメントの実態をリアルに見せた社会派ドラマだ。

主人公は、名門大学を卒業し、映画プロデューサーを夢見て映画製作会社に就職したジェーン(ジュリア・ガーナー)。彼女の1日の出来事を描く。

ジェーンの朝は早い。まだ暗いうちに誰よりも早く出勤して、オフィスの電灯をつける。その後も電話応対、会長の出張絡みの手配からコピー取り、はては会長の奥さんの面倒な電話に出たり、子供の世話までする始末だ。会長の部屋の片づけもする。2人の男性の同僚のランチまで彼女が買う。要するに彼女は雑用を一手に引き受けるのだ。とんでもなく空疎な長時間労働である。

その空疎な仕事の数々を「ジョンベネ殺害事件の謎」などのドキュメンタリー監督キティ・グリーンが手際よく見せていく。数百件のリサーチとインタビューで得た膨大な量の実話をもとに構成したというだけに、ドキュメンタリーのようにリアルである。被写体と距離を保った客観的な映像も、リアルさを際立たせるのに貢献している。

ジェーンはプロデューサーになるという夢をかなえるため、空疎な仕事を感情を押し殺してこなしていく。当然ながら無表情に徹する。しかし、その無表情の端々から感情の機微がチラチラと見える。

本作に描かれているのは過酷な労働実態だけではない。そう。ワインスタイン事件を地で行くようなセクハラ、パワハラも描かれるのだ。

パワハラに関しては、ジェーンが会長から電話で厳しい叱責を受ける場面がある。たまに会長の意向に反するようなことをすれば、電話で罵倒され、謝罪メールを送るように命じられる。男の同僚2人も似たようなものだ。

そして、セクハラだ。映画の中盤で、事務所に新しいアシスタントの女性が現れる。どうも会長が声をかけたらしい。学歴や大したキャリアもないがなかなかの美人だ。ジェーンが彼女を指示されたホテルに連れて行くと、なぜか会長は仕事をほっぽり出して姿を消す。どうやら同じホテルにいるらしい。

ジェーンは会長の部屋でイヤリングを見つけたこともあり、意を決して人事担当者に相談を持ちかける。だが……。

本作では、実際にセクハラが行われる場面は一切登場しない。むしろスクリーンに映らないことで観客の想像力を刺激し、よりリアルにその行為が伝わる仕掛けになっている。

しかも、ハラスメントを行う会長の顔は映らない。電話の声やそれらしい姿が見えるだけだ。つまり、セクハラやパワハラをしている人物がどんな顔をしているか観客にはわからないのである。これが何とも不気味な効果を生んでいる。

そして、問題なのは直接的な加害者の会長だけではなく、周囲の人々も同様なのだ。会長の行為を知りながら、報復を恐れて何もしない。こういう時のために存在するはずの人事担当者も何の役にも立たない。厳しい競争を勝ち上がるためにはハラスメントぐらいでガタガタ騒ぐな、ということなのか。

ジェーンと同じエレベーターに乗った女性社員が、新人アシスタントについて「心配しないで。彼女ならうまく会長を利用するから」と言い放つ場面がある。そういうことじゃないだろうが!!! と私は思わず声を出しそうになった。

こうして本来なら許されるはずのない行為が行われ、周囲もそれを知りながら何もしない。異常な事態を平気で許してしまう。何とも恐ろしいではないか。

ラストシーン。「もう帰っていい」と会長に言われ(もちろん電話で)、会社近くの店で何かを食べながら(ハンバーガーみたいなもの?)父に電話をするジェーン。その心中は察して余りある。店を出て街に消えていくその後ろ姿が切ない。

主演のジュリア・ガーナーは、ほんのわずかな表情の変化で、その心の内を見せる演技が絶品だった。胸の内の葛藤がそのまま伝わってきた。

ドラマチックさとは無縁な映画だ。同じ素材を扱った「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」のような見せ場も、盛り上がりもない。だが、だからこそリアルに胸に響く。実に骨のある社会派ドラマである。

はたして、今のハリウッドはこんな状態を脱したのだろうか。いやいや、ハリウッドに限らずどこの業界でも他人事とは思えないドラマである。

◆「アシスタント」(THE ASSISTANT)
(2019年 アメリカ)(上映時間1時間27分)
監督・脚本・製作・編集:キティ・グリーン
出演:ジュリア・ガーナー、マシュー・マクファディン、マッケンジー・リー、クリスティン・フロセス、ジョン・オルシーニ、ノア・ロビンズ
*シネマート新宿ほかにて公開中
ホームページ https://senlisfilms.jp/assistant/

 


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