映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「デッド・ドント・ダイ」

「デッド・ドント・ダイ」
2020年6月7日(日)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後12時30分より鑑賞(スクリーン2/D-9)

ジム・ジャームッシュ節が全開でひたすら楽しいゾンビ映画

東京でも今月から映画館が順次再開。3月に亡くなった母の納骨式も無事に終え、腕を骨折していた父のギブスも取れて一段落したので、ようやく近所の映画館に出かけてきた次第。2日に渋谷・映画美学校試写室での「zk 頭脳警察50 未来への鼓動」の試写に参加したものの、映画館に足を運ぶのは約2か月半ぶりです。

そんな記念すべき再開第一弾の作品に選んだのは、「デッド・ドント・ダイ」(THE DEAD DON'T DIE)(2019年 スウェーデンアメリカ)。ゾンビ映画である。ゾンビ映画と聞いただけで毛嫌いする人も多いようだが、実のところゾンビ映画といっても多種多様。一昨年に大ヒットした「カメラを止めるな!」だって、ゾンビ映画なのだから。

本作は、そんな中でも超個性的なゾンビ映画といえるだろう。なにせ監督は、あのジム・ジャームッシュである。ありきたりのゾンビ映画になるワケがない。

舞台になるのは、アメリカの田舎町センターヴィル。平和な町で、警察官は署長のクリフ(ビル・マーレイ)、巡査のロニー(アダム・ドライヴァー)とミンディ(クロエ・セヴィニー)の3人しかいない。だが、まもなく異変が起き始める。日照時間が異常になり、猫や犬などの動物たちが奇怪な行動に出る。そんな中、地球の自転軸がズレているのではないかというニュースが流れる。そして、ダイナーで2人のウェイトレスの惨殺死体が発見される……。

ゾンビ映画とはいうものの、本作は怖くもないしスリリンクでもない。そうした方向性を追求することは、最初から放棄しているように思える。ダイナーの惨殺では、その前に墓場から死者が甦る姿を描き、彼らによる殺人の一部始終をそのまま見せる。「いったい誰が?」などというもったいぶった描き方はしない。それどころか事件を前に当惑するクリフ署長に対して、ロニー巡査は「ゾンビの仕業に違いない」とあっさりと断言するのだ。何だ?このヒネリのなさは。

その代わり、ジャームッシュ監督らしい世界がスクリーンに炸裂する。ユニークな人々による捉えどころのない言動が次々に飛び出し、最後まで目が離せなくなる。森で野宿する世捨て人(トム・ウェイツ)、人種差別主義者の牧場主(スティーヴ・ブシェミ)、オタクの雑貨店主(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)、ドライブしてきた若者たち(セレーナ・ゴメスほか)などなど。

人間だけではない。ゾンビも個性的で超ユニークだ。ロック・シンガーのイギー・ポップが扮するコーヒー好きのゾンビをはじめ、「シャルドネワイン好きゾンビ」「ファッションにこだわるゾンビ」「スポーツ好きゾンビ」「玩具を欲しがるお子ちゃまゾンビ」など挙げればきりがない。

ユニークさの極めつけといえば、謎の葬儀屋の女ゼルダティルダ・スウィントン)だろう。金の仏像の前で日本刀を振り回すこの女、言葉遣いも奇妙でどう見ても怪しい。おそらく「キル・ビル」のユマ・サーマンを意識した人物設定だと思うのだが、彼女が警官たちとともにゾンビと対峙する。もちろん日本刀でバッタバッタとゾンビの首をはねていく。

映画ネタは「キル・ビル」だけでない。ゾンビ映画の巨匠ジョージ・A・ロメロ監督の作品をはじめ、歴史に残る様々なゾンビ映画を意識したシーンもたくさん出てくる。セレーナ・ゴメス扮する若者やその友人たちが乗る車は、ロメロ監督の「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」の冒頭に出てくるのと同じポンティアック・ルマンだ。

そもそも警察署長クリフを演じるビル・マーレイは「ゴースト・バスターズ」、ロニー巡査を演じるアダム・ドライヴァーは「スター・ウォーズ」シリーズでおなじみ。その2人がゾンビに向かっていくだけで、観ていて自然に笑みがこぼれてしまう。おまけにロニー巡査の車のキーには、「スター・ウォーズ」のキーホルダーがつけられているのだ。

そんなふうに笑いに満ちた映画である。オープニングタイトルでグラミー賞アーティストのスタージル・シンプソンが書き下ろした主題歌がかかるのだが、劇中でもパトカーの中でこの曲がかかる。そこでクリフ署長が「どこかで聞きおぼえがある」と言うと、ロニー巡査が答える。「そりゃそうだ。主題歌だもの」。いやいや、それを言っちゃおしまいでしょう(笑)。

まあ、これ以上は書かないが、同種の楽屋落ち的なネタは終盤の重要な場面でも使われる。そこでは、ジャームッシュ監督の名前まで登場する。かくして全編に渡ってジャームッシュらしいオフビートな笑いが満載なのだ。

終盤には度肝を抜かれる仕掛けが用意されている。ゼルダに関する秘密が明かされるのだが、これまた過去のヒット映画を意識したと思われる場面だ。

さらに、現代社会への批判らしきものが込められているのもジャームッシュ監督らしいところ。町の異変と関係していると思われる地球の自転軸のズレは、環境破壊を招く工事に起因しているらしい。それを巡って政府や企業は言い逃れをする。これは環境問題に対する監督のメッセージだろう。また、ラストではよりストレートに現在の物質主義の世の中への警鐘が鳴らされる。劇中でスマホを手にwi-fiを求めるゾンビたちの姿も、今の世の中を皮肉っているように見える。

かつて「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」でヴァンパイアを取り上げたジャームッシュ監督だが、ゾンビ映画は初めてということで、その世界を楽しんで遊びまくっている。それは役者たちも同様。どの役者もみんな楽しそうに演じているのが自然に伝わってくる。だから、なおさらこちらも楽しくなってくるのである。こんなゾンビ映画は、ジャームッシュ監督にしかできないはず。

 

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◆「デッド・ドント・ダイ」(THE DEAD DON'T DIE)
(2019年 スウェーデンアメリカ)(上映時間1時間44分)
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:ビル・マーレイアダム・ドライヴァーティルダ・スウィントンクロエ・セヴィニースティーヴ・ブシェミダニー・グローヴァーケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ロージー・ペレス、イギー・ポップ、サラ・ドライヴァー、RZA、セレーナ・ゴメス、キャロル・ケイン、トム・ウェイツ
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://longride.jp/the-dead-dont-die/