映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「コリーニ事件」

「コリーニ事件」
2020年6月18日(木)新宿武蔵野館にて。午後12時25分より鑑賞(スクリーン1/A-5)。

~恩人の殺害犯を弁護する男が迫った歴史と法の深い闇

依然として席の間隔を空けて販売している映画館。とはいえ、再開当初に比べて徐々に観客が増えている感じだ。この日の新宿武蔵野館もそこそこの観客が。鑑賞したのは「コリーニ事件」(DER FALL COLLINI)(2019年 ドイツ)。原作は、ドイツの著名な刑事事件弁護士でもあるフェルディナント・フォン・シーラッハのベストセラー小説。日本でも出版されているから、原作のファンがけっこういるのかな?

映画の冒頭、ある男がボクシングのトレーニングをしている。ボクシング映画か?いやいや、そうではない。その前後に描かれる殺人事件。被告の弁護をするのがその男なのだ。ボクシングは趣味なのね。

その男とは、新米弁護士のカスパー・ライネン(エリアス・ムバレク)。彼はある事件の国選弁護人に任命される。張り切って、裁判も始まらないうち法廷用のローブを着こんでしまうカスパー。

彼が担当する事件は、ドイツで30年以上にわたり模範的市民として働いてきた67歳のイタリア人ファブリツィオ・コリーニ(フランコ・ネロ)が、ベルリンのホテルで経済界の大物実業家ハンス・マイヤー(マンフレート・ツァパトカ)を殺害したというもの。

だが、ここで大きな問題が浮上する。被害者のハンス・マイヤーは幼くして父と別れたカスパーにとって父親代わりのような存在で、何かと世話になった恩人だった。彼の孫たちとも仲良く遊び、特に孫娘のヨハナ(アレクサンドラ・マリア・ララ)とは、恋人だった時期もあるのだ。

恩人を殺した犯人を弁護するという皮肉な運命。そこには当然葛藤が生じる。そんなカスパーの葛藤をはじめ様々な心の揺れ動きを、幼少時代の回想などを織り込みつつ巧みに描き出していく。この構成が何とも秀逸である。

そしてもちろん本作の醍醐味は法廷サスペンスにある。被告の犯行は明らか。このままでは終身刑が確実だ。しかも、被告のコリーニは黙秘を続け、カスパーにも何も話さない。はたして、カスパーは彼をどう弁護するのか。

冒頭から最後まで、謎めいてヒリヒリするような緊迫感に包まれた映画である。その中でスリルに満ちたドラマが展開する。事件の背後に何かがあると感じたカスパーは被告の故郷であるイタリアに飛び、真相を探ろうとする。そこではイタリア語に堪能なピザ屋のバイト女性や、幼くしてカスパーのもとを去り今は書店を経営する父などもサポート役を果たす。

おそらく、こうした展開は原作小説にあるものだと思うが、それにしてもそれらが過不足なくまとめられており、窮屈な感じはまったくしない。スリルの糸も途切れることなく続く。王道のサスペンスとしての魅力が十分だ。

もちろん、その間にもカスパーの心の揺れ動きは活写される。ヨハナとの関係も変化し、彼の心は惑い続ける。それでも弁護士としての矜持を保とうとする。また、遺族側についた恩師の有名弁護士との関係なども描き出される。本作はカスパーの人間ドラマとしての魅力も十分だ。

そして、ついに事件の背後にある真相にたどり着くカスパー。それが何かは伏せるが、ドイツ、戦争とくれば何となく察しはつくだろう。それでもやはり、その残酷な事実には胸を締め付けられてしまう。

約2時間の映画の枠に収めなければならないだけに、カスパーが真相にたどり着くあたりはやや都合よすぎの感もある。だが、真相が明らかになっても、それで終わらないのが本作の真骨頂だ。終盤は法廷シーンが続く。どんな理由があろうと殺人者は殺人者。検察側は当然その論理で攻め立ててくる。それに対してカスパーはどう対峙するのか。

そこでまた新たな歴史の闇が浮かび上がる。それがもとで、ドラマは二転三転。まったく予想のつかない展開が続く。

そこには「法治国家としての歴史の闇」だけでなく、「法律の落とし穴」という重いテーマも横たわる。それを通して、現在の法律や常識で過去が裁けるのかという問いかけがなされる。過去の歴史の汚点について、「あの頃はそういう時代だった」という弁明がよく行われるが、それは許されるのだろうか。それとも……。

ちなみに、ここで提示された「法律の落とし穴」について、ドイツでは原作小説が出版されて数ヶ月後の2012年1月に、法務省が省内に調査委員会を設置したという。それほど社会的に重大なテーマだったのである。

そんな難解なテーマを抱えた裁判の判決がどうなるのか。スクリーンのこちら側の我々も、その行方に大いに注目する。だが、裁判は意外な形で終わりを迎える。そこにカタルシスはない。それでも最後に作り手は訴える。歴史と法律の深い深い闇について……。

本作はシンプルに面白くスリリングなサスペンスであるのと同時に、社会派の映画でもある。その魅力を堪能するとともに、原作小説を読んでみたくなった。

俳優陣では、カスパー役のエリアス・ムバレク、ヨハナ役のアレクサンドラ・マリア・ララなどいずれも好演を見せているが、何といっても白眉はコリーニ役のフランコ・ネロだろう。ほとんどセリフのない中で、コリーニが長年背負ってきたトラウマ、心の内に膨らんだ憎悪や不信などの感情をその表情だけで表現して見せた。彼の存在感なしに、この映画は成立しなかったと思う。

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◆「コリーニ事件」(DER FALL COLLINI)
(2019年 ドイツ)(上映時間2時間3分)
監督:マルコ・クロイツパイントナー
出演:エリアス・ムバレク、アレクサンドラ・マリア・ララ、ハイナー・ラウターバッハ、マンフレート・ツァパトカ、ヤニス・ニーヴーナー、ライナー・ボック、カトリン・シュトリーベック、ピヤ・シュトゥッツェンシュタイン、フランコ・ネロ
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://collini-movie.com/