映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「イントロダクション」

「イントロダクション」
2022年7月9日(土)新宿シネマカリテにて。午後1時より鑑賞(スクリーン2/A-5)

ホン・サンス監督が描いた宙ぶらりんの青春の哀しみ

前回の「あなたの顔の前に」のレビューでも書いたが、韓国のホン・サンス監督は、脚本はもちろん撮影、編集、音楽なども担当して、作りたい映画を自由に作っている。

そのホン監督が2020年に製作した25作目の映画が「イントロダクション」。日本では26作目の「あなたの顔の前に」と同時公開となった。とくれば、「あなたの顔の前に」を観た以上、こちらも観なければなるまい。

ホン監督の映画は尺が短い作品も多いが、本作はその中でも1時間6分という短さだ。にもかかわらず、3章立てのオムニバス形式になっている。

1章は韓方(日本でいう漢方?)医院が舞台。院長がオフィスで一人、祈っている。それまでの人生を反省し、財産を半分施設に寄付するというのである。彼は苦悩している。だが、その苦悩の中身が明らかになることはない。

院長が患者を治療していると、そこに息子のヨンホ(シン・ソクホ)が訪ねてくる。彼は何事か話があると父に言われてきたらしい。だが、彼と父との間は明らかにギクシャクしている。ヨンホは長時間待たされるが、なかなか父に会えない。

そんな彼を優しく気遣うのが医院の職員(看護師?)だ。彼女は幼い頃からヨンホを知っているらしく、親しげに会話をして、2人はハグをする。ちなみに、本作ではハグの場面が何カ所か出てくる。ハグする2人の関係性を端的に象徴した印象深い場面だ。

それにしても、はたして院長はヨンホに会ったのか?それも謎である。

2章は舞台をドイツに移す。ヨンホの恋人のジュウォン(パク・ミソ)が、衣装の勉強のためにドイツに渡る。そこで母(ソ・ヨンファ)とともに母の知人の画家(キム・ミニ)の家を訪ねる。彼女は夫と離婚して画家になったという。ジュウォンは学校に入学するまでの間、その家に居候することになる。

だが、そこにも不穏な空気が流れる。ジュウォンは見知らぬ土地で、新しい勉強をすることに不安でいっぱいだ。画家もそれを助長するような発言をする。そして、その画家と母親はかつては親しくしていたが、今は疎遠になっているという。

そんな中、ジュウォンのもとを突然ヨンホが訪ねてくる。久々の再会を果たした2人は、喜びのハグをする。ヨンホは自分もドイツに来て、勉強をしたいという。

3章は再び韓国に戻る。ヨンホの母親が舞台俳優(キ・ジュボン)と海辺の居酒屋で酒を飲んでいる。その俳優は1章に登場した韓方医院の患者でもある。だが、何やら2人の間には怪しい雰囲気が漂っている。

ほどなくして、ヨンホが友人とともに現れる。彼は母に呼び出されたのだ。酒を飲みながら自らの進路について口にするヨンホ。彼は俳優を目指していたのだが、あることからあっさりとその道を捨てる。それを聞いて俳優は激怒し、彼を怒鳴りつける。

その後、ヨンホは海辺で1人の女性に声をかける。それは何とドイツにいるはずのジュウォンだったのである……。

というわけで、余白だらけの映画だ。全体に省略が多く、詳しい説明もない。だが、それが観る者の想像力を刺激し、映画の中では描かれないあれこれを推測させる。

確かなのは本作が風変わりな青春ドラマだということである。ヨンホは父母との確執を抱え、いまだに進路も定められず、何者にもなれずにいる。その苦悩、困惑、そして愛の喜びをモノクロの美しい映像で詩情豊かに綴っている。まるで古いヨーロッパ映画を連想させる。

いつものホン・サンス節は健在だ。長回しの映像、ズーム・イン、ズーム・アウトの多用、そして会話で構成されたドラマ。とはいえ、今回はセリフ以外の部分で表現したところも多い。それが余白となって観客に投げかけられる。観客は想像力を駆使して、ホン監督とともにドラマを作り上げていくことになる。

「イントロダクション」というタイトルは、ドラマの糸口を描いたということなのだろうか。あるいはヨンホの人生は、まだイントロダクションだということなのだろうか。いずれにしても意味深なタイトルだ。

ラストで寒空の中、海に入ったヨンホの表情が心に残る。寒さに震えたその顔には、単なる寒さだけでなく何がしかの哀しみが感じられたのだが。

本作は2021年の第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門で銀熊賞(最優秀脚本賞)を受賞している。相変わらず自由な作風のホン監督。これからもこの調子で自由な映画を作っていくのだろう。

◆「イントロダクション」(INTRODUCTION)
(2020年 韓国)(上映時間1時間6分)
監督・脚本・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:シン・ソクホ、パク・ミソ、キ・ジュボン、ソ・ヨンファ、キム・ミニ、キム・ヨンホ、イェ・ジウォン、チョ・ユニ、ハ・ソングク
*新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ http://mimosafilms.com/hongsangsoo/


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