映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「夜明けのすべて」

「夜明けのすべて」

2024年2月9日(金)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時20分より鑑賞(スクリーン6/B-9)
~弱い人たちへの共感と支え合いを絶妙の距離感で描く

上白石萌音上白石萌歌の区別がつかない。いや、双子ではないから実際に見たらどっちがどっちかわかると思うのだが、名前を言われてもすぐに顔が思い浮かばない。そもそも私は人の顔を覚えるのが苦手なのだ。

そんなことはどうでもよい。姉の上白石萌音のほうが出演している映画が「夜明けのすべて」だ。瀬尾まいこの同名小説を三宅唱監督が映画化した。原作は未読だが、かなりアレンジされているらしい。

三宅監督の過去作「きみの鳥はうたえる」「ケイコ 目を澄ませて」はどちらも素晴らしい映画だった。今回は公開規模も拡大してメジャー感が増したが、はたしてどんな映画なのか?

月に一度、PMS月経前症候群)のせいでイライラが抑えられなくなってしまう藤沢さん(上白石萌音)。それが原因で働いていた会社を辞めることになってしまう。新たに就職した会社はアットホームな雰囲気の小さな会社。ある日、藤沢さんは転職してきたばかりの山添くん(松村北斗)のやる気のなさを見かねて怒りを爆発させてしまう……。

冒頭は、雨の中、藤沢さんがバス停のベンチで倒れ込んでしまうシーン。彼女は警察に保護され、母親が迎えに来ることになる。それとともに藤沢さんのモノローグで、PMS月経前症候群)でイライラが抑えられなくなってしまうことが語られる。

あれ? いきなりこんなに長いモノローグが入るの? 何だか三宅監督らしくないなぁ。小説の原作モノだから仕方ないのかなぁ。

その後、藤沢さんは会社でもPMSが原因でミスをして、いたたまれなくなって辞表を出す。そこでもモノローグで事の顛末が語られる。うーん、この調子でずっと行くのだろうか。私、モノローグだらけの映画って嫌いなんですけど。

と思ったら、その後藤沢さんのモノローグは消えて、ラストに山添くんのモノローグがチラッと入るだけ。ああ、良かった~。そして、その後は三宅監督の持ち味が十二分に発揮された展開が続くのだった。

そのキーワードは絶妙な距離感だ。ベッタリと登場人物に張り付くのではなく、絶妙な距離感を保って描かれる。「ケイコ 目を澄ませて」もそうだったが、ありきたりのお涙頂戴の感動物語にはしない。それでいて登場人物を突き放すのでもない。適度な距離で向かい合う。それが実に穏やかで、温かく、心地よい空気感を作り出す。

5年後、藤沢さんは科学教育教材を扱う栗田科学に転職していた。普段はみんなにお菓子を買うなど気配りができて、心優しい藤沢さんだが、今でもPMSに苦しんでいた。発作が出ると自分を抑えられず周囲に当たり散らす。

そんな藤沢さんが怒りを爆発させたのが、同じく転職してきた山添くん。まるでやる気を見せず、会社になじもうとしない態度にブチ切れた。ところが、実は山添くんもパニック障害を抱えて苦しんでいたのだった。前職の上司の計らいでこの会社に転職してきた山添くんだが、一刻も早く元の会社に戻りたいと思っている。

ドラマチックな展開はほとんどない映画だ。登場人物たちの日常をそのまま映し出している。そこにも絶妙な距離感がある。藤沢さん、山添くんと接する栗田科学の社長や同僚たちが2人に接する距離感が絶妙なのだ。邪険に扱うのでもなく、お客様扱いするのでもない。程よい関係を築くのである。

そんな環境に包まれて、初めのうちはお互いにギクシャクしていた藤沢さんと山添さんだが、交流を重ねるうちに次第に特別な感情を抱くようになる。というと、恋愛関係を思い浮かべるかもしれない。だが、それは友達でもなく、恋人でもない関係だ。ここでもまた絶妙な距離感というキーワードが浮上してくる。

ユーモアもそこかしこにある。藤沢さんが山添くんの髪を切ってやるシーンなど、思わずニヤリとしてしまうシーンが満載だ。

2人が抱えるPMSも、パニック障害も、その本当の苦しみはリアルに伝わってこない。いや、そもそも伝えようとしていないように思える。だって、どんなにリアルに再現しても、それは当事者でなければわからないものだから。それでもその苦しさを受け止めて共感し、助け合うことはできるのではないか。

考えてみれば、誰もがみんな弱さを抱えている。このドラマでも、藤沢さんや山添くんだけでなく、山添くんの元上司、栗田科学の社長、藤沢さんの母親などが、心や体に痛手を負い今もその過去を引きずっていることが綴られる。そうやって弱さを抱えた者同士が、肩を寄せ合い助け合って生きていければ……。それがこの映画が伝えるメッセージではないだろうか。

終盤、栗田科学では移動プラネタリウムを始める。そこで山添くんが書いた原稿に基づいて、藤沢さんがナビゲーションをする。そこにはタイトルの「夜明けのすべて」に関連する言葉が散りばめられている。宇宙の神秘を語りながら未来への希望の火を灯すのだ。「いつかは変わるかもしれない」という……。

映像の美しさも特筆ものだ。特に夜景と夜明け前の景色の美しさが印象に残る。同時にそれは穏やかで温かい。この映画全体の空気感を体現した映像だ。

細かなところでは、中学生が栗田科学のドキュメンタリーを製作するといった設定も、随所で効果を発揮している。

キャストは主役の松村北斗上白石萌音がどちらも見事な演技。松村は自然体の演技、上白石は陰影ある演技が良かった。

それに加えて、山添の元上司の渋川清彦、主治医役の内田慈、栗田科学の社長役の光石研、藤沢さんの母親役のりょう、友人役の藤間爽子など、脇役がいずれも抜群の存在感を発揮しているのもこの映画の特徴。

善人ばかりの現実離れした映画というなかれ。ここには弱者である私たちが生きていくヒントがある。三宅監督らしさが発揮されたとても心地よい映画だった。観終わって時間が経てば経つほど胸の奥に深くしみ込んできた。

◆「夜明けのすべて」
(2023年 日本)(上映時間1時間59分)
監督:三宅唱
出演:松村北斗上白石萌音、渋川清彦、芋生悠、藤間爽子、久保田磨希、足立智充、宮川一朗太、内田慈、丘みつ子、山野海、斉藤陽一郎、りょう、光石研
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://yoakenosubete-movie.asmik-ace.co.jp/

 


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