映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「カツベン!」

「カツベン!」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2019年12月13日(金)午後2時10分より鑑賞(スクリーン2/E-9)。

活動弁士の魅力が満載の周防正行監督による極上のエンタメ映画

多作ではないものの、痛快エンタメ映画から社会派映画まで様々な映画を撮ってきた周防正行監督。それらに共通するのは、それまで世間的にあまり注目されなかったネタを積極的に取り上げていることだろう。「シコふんじゃった。」では大学相撲部、「Shall we ダンス?」では社交ダンス、「それでもボクはやってない」では痴漢裁判、「終の信託」では終末期医療、「舞妓はレディ」では舞妓というように。

そして今回取り上げたのは活動弁士。かつて無声映画の時代に、生演奏とともに、個性的な語りや説明で観客を魅了した職業である。その後、映画はトーキーの世界になり、活動弁士の活躍の場はほとんどなくなったが、今でも数こそ少ないものの活動を続けている弁士たちが存在する。

序盤に描かれるのは主人公の俊太郎の幼少時代。友達とともに活動写真(映画)の撮影現場に遭遇した俊太郎は、いたずらをして警察官に追われる。その追走劇をまるでチャップリンキートンの喜劇映画のようなタッチで見せる。ここから早くも周防監督らしいこだわりが全開だ。

こだわりと言えば、本作には冒頭から数々の無声映画が登場する。実は、これ、すべて周防監督が今回自ら撮ったもの。名作の再現とオリジナル作品、合わせて10数本を撮り下ろしたという。キャストに名を連ねた出演者には、この劇中映画のみに登場する俳優も多い。何という凝りよう!!

ちなみに、この時の活動写真の撮影では、役者が「いろはにほへと」とセリフをしゃべったり(どっちみち音声はナシなので)、太陽が隠れると撮影できなかったり、女性の役も男が演じていたりと、当時の映画界の事情がよくわかる。そういう豆知識が学べるのもこの映画のお楽しみだ。

そしてこの幼少時代に、俊太郎は活動写真小屋で見た活動弁士に憧れるとともに、幼なじみで初恋相手の梅子と強い絆を結ぶ。その絆を象徴するアイテムのキャラメルが、本作のラストで巧みに使われる心憎い仕掛けも用意されている。

続いて描かれるのは10年後。成長した俊太郎(成田凌)は、いつのまにかニセ弁士として泥棒一味に引き込まれている。だが、隙を見て逃げ出し、小さな町の映画館の靑木館で雑用係として働き始める。そこには、館主夫婦や先輩弁士をはじめ個性の強い人々がいた。やがて梅子(黒島結菜)と再会した俊太郎は、靑木館がライバルのタチバナ館の攻勢で窮地に陥る中で、ついに弁士デビューのチャンスをつかむ。だが、俊太郎が泥棒から奪った大金を狙う元仲間や刑事が現れて……。

活動弁士を描いた映画だけに、その技が嘘くさかったら話にならない。だが、本作に登場する弁士はいずれも様になっている。主人公の俊太郎はもちろん、大酒飲みで落ち目の弁士・山岡秋聲(永瀬正敏)、スター気取りの人気弁士・茂木貴之(高良健吾)、汗かきの弁士・内藤四郎(森田甘路)など、本格的な弁士の話芸が披露される。

もちろんコメディー仕立ての映画だけに、笑いも満載だ。何せ脇役たちのキャラが強烈。前述の弁士たちに加え、靑木館の館主夫妻(竹中直人渡辺えり)、楽士たち(徳井優田口浩正正名僕蔵)、映写技師(成河)、ライバル館の社長(小日向文世)、その令嬢(井上真央)、泥棒一味の元リーダー(音尾琢真)、泥棒を追う映画好きの刑事(竹野内豊)などが、それぞれの個性を生かした笑いを生み出していく。

コントまがいの笑いもある。特に俊太郎と茂木が演じるタンスの引き出しの一件には大爆笑させられた。ドリフのコントのタライならぬ看板落下のシーンなども、ベタではあるものの笑えてしまう。

ライバル館が登場してからは活劇の要素も強まる。俊太郎をつけ狙う泥棒一味の元リーダー、社長令嬢などが交錯し、梅子の誘拐事件まで起きる。それを背景に、クライマックスでは俊太郎の活動弁士としての最大の見せ場が訪れる。つぎはぎだらけの意味不明なフィルムに対して、彼はどんなことを語るのか? ハラハラドキドキの展開が待っている。

本作にはロマンスもある。俊太郎と梅子のロマンスだ。その純な恋を駅での待ち合わせという古典的な仕掛けで盛り上げるあたりも、思わずニヤリとさせられる展開。さらにエピローグでは序盤に登場したキャラメルを効果的に使い、2人の絆の強さを見せつけて、清々しい余韻を残してくれる。

都合のよすぎる設定やベタな展開も満載の映画。だが、それに目くじらを立てる必要はない。なぜなら、それこそが古き良き時代の無声映画の世界。それをきちんと踏襲しているのだから。

周防作品ではいつもそうなのだが、知らない間にスクリーンに感情移入させられてしまう。特に今回は映画館が舞台ということで、自分も劇中の熱気あふれる映画館に引きずり込まれ、その観客とともに活動弁士の語りに魅了され、泣いたり笑ったりさせられてしまった。

というわけで、本作には映画愛があふれている。ただし、それは「これでもか!」という過剰な映画愛ではない。様々な要素をバランスよく配した極上のエンタメ映画であり、その根底には常に温かな映画への愛が流れているのである。

最後に映される説明にぜひ注目してほしい。日本には活動弁士がいたことで、厳密な意味ではサイレント映画はなかったという主旨の説明だ。そうである。本作はまさしく日本独自の芸である活動弁士讃歌なのである。

 

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◆「カツベン!」
(2019年 日本)(上映時間2時間7分)
監督:周防正行
出演:成田凌黒島結菜永瀬正敏高良健吾音尾琢真徳井優田口浩正正名僕蔵、成河、森田甘路酒井美紀、シャーロット・ケイト・フォックス、上白石萌音城田優草刈民代山本耕史池松壮亮竹中直人渡辺えり井上真央小日向文世竹野内豊
*丸の内TOEIほかにて全国公開中
ホームページ http://www.katsuben.jp/