映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ぼくの好きな先生」

「ぼくの好きな先生」
新宿K’cinemaにて。2019年4月12日(金)午後12時30分より鑑賞(自由席-整理番号8)。

~破天荒でおもろい画家・瀬島匠のドキュメンタリー

ドキュメンタリー映画を観ないと決めているわけではないのだが、見逃してしまう劇映画がたくさんある現状では、なかなかそこまで手が回らない。

というわけで、「ぼくの好きな先生」(2018年 日本)というドキュメンタリー映画も、当初は観る予定がなかった。しかし、知人から鑑賞券をもらったので急遽足を運ぶことにしたのである(その知人の知り合いがこの映画に関わっているらしい)。

1962年生まれの画家・瀬島匠を描いたドキュメンタリーだ。監督は「ブタがいた教室」「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」の前田哲。前田監督と瀬島匠は、どちらも東北芸術工科大学で教鞭を執っていたかつての同僚でもある(今は2人とも同大学を離れているが)。

前田監督がカメラを回して質問をしながら、瀬島をひたすら追いかける映画だ。あとは、彼の教え子たちが登場する程度。そこで描かれるのは画家としての顔、教師としての顔、そして家族にまつわるドラマである。

映画の冒頭で瀬島が話題にするのは、幼い頃に出会ったユニークな先生たちの話。「宿題をしなくてよいから毎日何かを作ってこい」と命じるなど、彼らの教えは確実に今の瀬島を形作っていることが明かされる。

その影響を受けているのだろうか。瀬島も学生たちに人間味あふれる接し方をする。けっして偉ぶることはなく、上から何かを指示することもない。学生たちが創作するユニークな作品を一緒に面白がり、あれこれと解釈し、学生たちの創作意欲を刺激するのだ。学生たちも瀬島を慕っているようだ。まさに、タイトルの「ぼくの好きな先生」である。

ちなみに、このタイトルは「RCサクセション」の楽曲と同タイトル。なので、最初に聞いた時は忌野清志郎と関係がある人物なのかと思ったら、そういうことではなかった。

さて、この映画のもう一つの大きな要素は、瀬島の創作風景である。特に中心的に描かれるのが、海と雲を描いた大作の創作風景。それは大きなトタン板に描かれる。前田監督の質問に答えてしゃべり続けながら、絵を描き続ける瀬島。そこから彼が考える芸術観が見えてくる。エネルギーや直感を大切にし、自由奔放かつ大胆に描いて描いて描きまくるのである。

さらに、彼の話からそのユニークな人生観も浮かび上がる。例えば、若き日の瀬島は「35歳で死ぬ」と信じ込んで、そこから逆算して様々な活動を展開してきた。今も睡眠時間や食事の時間も惜しんで創作や指導にあたっている。その一方で、ラジコンが大好きで、暇さえあればラジコンを飛ばしまくったりもしているのだ。

この映画のチラシには、「奇人か、変人か、天人か。」というコピーが載っている。まあ、確かに破天荒な人物ではあるのだが、けっして近寄りがたい人物ではない。いや、むしろお茶目で子供みたいなところも多くて、とてつもなく人間的な魅力にあふれているのだ。

いわゆる巨匠的な威厳もあまり感じられない。「自分は人間がチャチイから、チャチイ作品しか書けない。もっと立派な人間だったら……」など自虐的なことも言う。創作に関しても頑固さはあるが、同時に柔軟さも持ち合わせる。海と雲を描いた作品で、その境界線に何も塗らないことを公言していたにもかかわらず、友人の意見であっさり計画を変更したりもする。ひと言でいえば「おもろいオッサン」なのである。

そんなおもろいオッサンのエネルギーにあふれた言動と生み出す作品を見ているうちに、最後まで目が離せなくなってしまった。正直、芸術方面に疎いオレには、彼の作品の価値がよくわからないのだが、それでもそこに秘められたエネルギーだけは確実に感じ取れた。ドキュメンタリーとしては正攻法で、特に凝った仕掛けもないが、それでも最後まで飽きることはなかった。

瀬島のユニークな言動ゆえに、笑ってしまう場面も何度があった。だが、終盤は笑っていられなくなった。実は、瀬島は30年間に渡って描き続けてきた様々な作品に、「RUNNER」という文字を入れている。なぜなのか。終盤にその理由らしきものが明かされる。

それは悲しい家族のドラマである。序盤から絵描きで瀬島に大きな影響を与えた父や母の話がチラチラと出でくるのではあるが、それとはまた違う予想もしなかった出来事がそこには存在する。それもまた瀬島の現在に大きな影響を与えているのだろう。

その話を聞いて、また一つ瀬島という人物の内面の奥深さが感じられて、ますます魅力的に思えてきた。芸術に興味がない人も大丈夫。このおもろいオッサンを観るだけで楽しめる。ついでに彼からエネルギーももらえるかもしれない。そんなドキュメンタリー映画である。

<おまけ>
たまたまオレが足を運んだ日に、前田監督と瀬島氏のティーチインが行われた(下記写真)。ティーチインとはいえ、結局2人のトークだけで時間いっぱい。普通のトークショーになってしまったのだが、それがまた傑作だった。ひたすらしゃべり続ける瀬島氏。それに絶妙にツッコミを入れる前田監督。これは漫才か!? と思わずつぶやいて笑ってしまったオレなのだった。ホントに瀬島氏は魅力的な人デス。あと1週間ぐらいは東京で公開が続くし、その後各地でも公開されるようなので、興味のある方はぜひ。

 

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◆「ぼくの好きな先生」
(2018年 日本)(上映時間1時間25分)
監督・撮影:前田哲
出演:瀬島匠
*新宿K’cinemaにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://www.sukinasensei.com/