「私にふさわしいホテル」
2024年12月28日(土)イオンシネマ板橋にて。午後1時15分より鑑賞(スクリーン11/B-8)
~大物作家をあの手この手で翻弄する新人女性作家。のんの魅力が全開!
今年観た映画は今年のうちに。というので2日連続の投稿です。
東京・神田駿河台にあるホテル「山の上ホテル」は、川端康成、三島由紀夫、池波正太郎といった著名な作家が、執筆のために宿泊したホテルとして知られている。
2024年2月には老朽化のため休館となり、このまま閉館してしまうのではないかと心配されたが、明治大学が土地と建物を取得。外観は維持しつつ、改修工事を施したうえでホテルや学生支援、地域連携の施設として活用する方針を打ち出している(再開時期は未定)。
その山の上ホテルを舞台にした映画が「私にふさわしいホテル」。柚木麻子の小説を川尻恵太脚本、堤幸彦監督で映画化した風刺コメディーだ。
時代は1980年代。作家の中島加代子(のん)は、新人賞を受賞したものの、受賞作を文壇の大物作家・東十条宗典(滝藤賢一)に酷評されてからは鳴かず飛ばず。憧れの“山の上ホテル”に自腹で泊まり、名作を書き上げようと意気込む彼女は、東十条の原稿を取りに来た大学の先輩の編集者・遠藤道雄(田中圭)と遭遇する。締め切りに追われた東十条は上の階で缶詰めになっているという。東十条の原稿が落ちれば、代わりに自分の原稿が採用されると知った加代子は、あの手この手で東十条の執筆を妨害するのだが……。
ここから新人作家・加代子の大物作家・東十条に対する復讐劇の幕が開く。それは奇想天外な作戦の連続。髪型を変え、服装を変え、名前まで変えて(相田大樹→白鳥氷→有森樹李)別人に成りすます。ある時はホテルのスタッフになり、ある時は新人作家になり、またある時は別な作家になり、東十条を翻弄する。
加代子はワルである。わがままだし、お調子者だし、言っていることはデタラメで、執念深くもある。ちょっと間違えば、鼻つまみ者の嫌な奴になってしまう。いくら悪漢が主役のピカレスクものだとしても、それでは誰も振り向かない。
だが、そんな心配は無用だ。何しろ演じているのが、のんなのだ。これまでもコメディエンヌとしての才能をいかんなく発揮してきた彼女だけに、今回も次々に笑いを振りまいていく。普通の会話はもちろん、有名作家の名を連呼するシャンパンコール、高級バーで熱唱する「夜霧よ今夜も有難う」、トナカイの着ぐるみを着た姿(サンタは東十条)など、どれをとっても笑うしかない。おかげで加代子は、ちっとも憎めない。いや、憎めないどころか魅力たっぷりなのである。
滝藤賢一が演じる東十条もいい味を出している。いかにも大御所雰囲気を醸し出しながら、肝心のところは抜けていて加代子に一本取られてしまう。ラスト近くでは、意外にも純粋な面を垣間見せる。
この2人のやり取りに田中圭演じる遠藤らが加わって、絶妙なハーモニーを奏でる。おかげで、最初から最後まで笑いっぱなしだった。ストーリー自体は陳腐だし、それでいて不自然なところもあったりするのだが、観ている間はそれもまったく気にならなかった。
文壇ネタもたっぷりだ。文学賞を巡る駆け引きや、出版社、作家の力関係などもよくわかる。実際の文学賞や出版社、作家などを想像しながら観るのも面白い。何しろ遠藤の出版社が文鋭社で、出している雑誌が「小説ばるす」だもの。
加代子のやっていることはメチャクチャだが、その根本にある思いは純粋だ。途中で遠藤の思惑に踊らされたりもするが、「売れたい」「賞を取りたい」という気持ちに揺らぎはない。そのためにひたすら権威に反抗する。そのエネルギーが根底にあるから痛快なのだ。
この物語の舞台は昭和。今以上に文壇の権威主義が見て取れる。特に女性作家にとっては大変な時代だったのではないか。そんな中で、奮闘する加代子がなおさら輝いて見える。
ラストもいい感じだ。加代子の決意をきっちり示して終わる。冒頭に登場した銀座千疋屋のフルーツサンドが、ここでも印象的に登場する。
堤幸彦の演出は空回りすることもあるのだが、この映画にはピッタリ合っていた。「TRICK」などと同様に、大げさな演出がのんの演技とリンクして、娯楽作としてのグレードをアップさせていた。
エンドロールでは、撮影に使用された山の上ホテルの様子がたくさん映る。もしかしたら、内部は改装されてもう見られないかもしれない。そういう意味でも貴重な映像だ。
今年観た中で一番笑った映画かもしれない。何も考えずに笑えること請け合い。スカッとした気分で映画館を後にできるはず。
◆「私にふさわしいホテル」
(2024年 日本)(上映時間1時間38分)
監督:堤幸彦
出演:のん、田中圭、滝藤賢一、田中みな実、服部樹咲、髙石あかり、橋本愛、橘ケンチ、光石研、若村麻由美
*新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ https://www.watahote-movie.com/
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