映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「本を綴る」

「本を綴る」
2024年10月16日(水)K's cinemaにて。午後2時20分より鑑賞(B-7)

~本と書店への愛が詰まった温かなロードムービー

 

近所の書店2店が相次いで閉店した。これで近隣の書店はゼロである。本は手に取って見てから買う主義の私は(つまりネットでは購入しない)、とても不便で仕方がない。わざわざ池袋や新宿の大型書店に行かねばならなくなった。困ったものだ。

そんな中、本や書店をテーマにした映画が公開された。「本を綴る」。東京都書店商業組合のYouTubeチャンネル「東京の本屋さん 街に本屋があるということ」で配信されたドラマ「本を贈る」の新たな企画として製作された。ドラマと同じく監督は篠原哲雄、脚本は千葉一凛が担当している。

作家の一ノ関哲弘(矢柴俊博)は、自分の小説が人を傷つけたという後悔から小説が書けなくなり、今は全国を旅して書店を巡るコラムを書いていた。ある日、那須の図書館司書・沙夜(宮本真希)と森の中の本屋を訪れた一ノ関は、そこで古書に挟まれたまま届けられずにいたラブレターを発見する。その宛先の場所を探して京都に出かけた一ノ関だが、すでに宛名の女性は他界しており、その孫の花(遠藤久美子)と出会う……。

特に大きなことは起きないドラマだ。那須、京都、香川と一ノ関が旅する中で、本を介して様々な人々と触れ合い、心をつないでいく。それだけの話なのにとても心地が良い。

まず縦糸に紡がれるのが、心の傷を抱えた一ノ関が自身の過去と向き合い、新たな一歩を踏み出すまでのドラマだ。一ノ関は、かつてベストセラー小説「悲哀の廃村」を書いたが、その作品こそが彼が小説を書けなくなった原因でもあった。ダムに沈むことになった実在の村をモデルに書かれたことから、結果的に村人を傷つけてしまったのだ。

その一ノ関が、旅をするうちに少しずつ変わっていく。その最初のきっかけは、那須の森の中の本屋で発見した古いラブレターだ。その宛先を訪ねて京都を訪れ、宛名の女性の孫の花と知り合う。

実は、花は恋人のカメラマンを亡くした心の傷を抱えていた。一ノ関は、彼女を促してそのカメラマンが亡くなった地、香川・観音寺に一緒に出かける。そこでの感動的な出来事が、一ノ関の心をほぐしていく。

さらに香川で、「悲哀の廃村」の村に関係した人物を発見した彼は、その人物と会う。それに背中を押されて、一ノ関は新たな道に踏み出していく。

これまでにたくさんの映画を撮っているベテランの篠原監督は、ソツのない演出で物語をまとめていく。次々に色々な人物が登場して様々なエピソードが展開するが、それほど慌ただしい感じはしない。

そして、何よりも特筆すべきは、篠原監督の登場人物を見つめる温かな視線だ。全編にわたって温かな風がスクリーンを吹き抜ける。それこそがこのドラマの心地よさの源泉だろう。

ちなみに篠原監督の過去作で言ったら、初期の「月とキャベツ」あたりの作品とちょっと雰囲気が似ているかな、と思ったら、すでにほかの映画評でも同様のことを言っている人がいた。

同時にこのドラマは本や書店に関するドラマでもある。本作で一ノ関が訪れる書店や図書館はどれも魅力的だ。一ノ関を招いて本の読み聞かせや、本のコンシェルジュなどの企画を催す図書館。自宅の離れを改装して開いた森の中の小さな書店。個性的な本を並べた京都の大型書店。香川で戦前から続く書店チェーン。そこで働く書店主や店員、図書館司書などもこれまた魅力的だ。

そこでは、本に親しむための様々な試みが行われている。それを通して、本という存在の素晴らしさが実感できる。本と出会う場としての書店や図書館の重要性も伝わってくる。

ただし、現状の本や書店を取り巻く環境は厳しい。本作でも、一ノ関が廃業に追い込まれた書店を数多く目にする。はたして紙の本や書店に未来はあるのか。

この映画のラストで、一ノ関はある取り組みを始める。それは新たな書店の一つの形を示しているともいえる。だが、それが本当に未来を拓くのかどうかはわからない。そのカギは私たちが握っているのかもしれない。

演じる俳優たちは、矢柴俊博遠藤久美子宮本真希長谷川朝晴など、いずれも日本映画でキラリと光る個性を発揮してきた人たちばかり。大げさすぎず、押しつけがましくない演技がとても良かった。

本と書店への思い入れと愛が詰まった温かな一作。書店の閉店を目の当たりにした私には、特に心に響く映画だった。

◆「本を綴る」
(2023年 日本)(上映時間1時間47分)
監督:篠原哲雄
出演:矢柴俊博宮本真希長谷川朝晴加藤久雅、遠藤久美子川岡大次郎、宗清万里子、石川恋、渡邊このみ、歌川貴賀志、市村亮、千勝一凛、福地千香子、渡辺一、森田朋依、紀那きりこ、及川規久子、米野真織、ノブイシイ、岡村洋一、丈
* K's cinemaほかにて公開中。順次全国公開
ホームページ https://honwotsuzuru.com/

 


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