「お坊さまと鉄砲」
2024年12月17日(火)シネ・リーブル池袋にて。午後2時55分より鑑賞(シアター1/C-7)
~突然の民主化に揺れる人々をユーモラスに描いたコメディ。民主主義や選挙についても考えさせられる
ブータンには行ったことがないのだが(というより外国にはあまり行ったことがないのだが)、映画では何度か目にしたことがある。特に2021年に公開された「ブータン 山の教室」は、ブータンの地方の村の学校を舞台にしたドラマで、本当の幸せとは何かを問いかけるとても良い映画だった。
その「ブータン 山の教室」のパオ・チョニン・ドルジ監督が監督・脚本を務めた新作が「お坊さまと鉄砲」。変わったタイトルの映画だが、これが実に面白いコメディだった。しかも、ただ笑えるばかりではないのだ。
2006年、ブータンでは国王が退位して、民主主義体制に移行することが決まる。そして、初めての普通選挙が行われることになった。政府は国民を啓発して選挙の仕組みを伝えるために、模擬選挙を計画する。周囲を山に囲まれたウラの村にも、模擬選挙を成功させるために選挙委員がやって来る。その話を聞いた高僧は、弟子の僧侶タシ(タンディン・ワンチュク)になぜか「次の満月までに銃を2丁手に入れてくれ」と指示する。タシは銃を探しに山を下りる。ちょうどその頃、アメリカから銃コレクターの男が村にやってきて……。
「ブータン 山の学校」でもそうだったが、豊かな自然に恵まれたブータンの村の風景はとてものどかだ。そののどかな風景の中、ドラマの幕が開く。
ドラマの大きなポイントは、高僧が突然、弟子の僧に銃を手に入れてくれと頼むこと。高僧は模擬選挙が行われるというニュースを聞き、そう言いだしたのだ。彼はどうも民主化に疑念を持っているらしい。そして「物事を正さねばならん」と話す。ええ!まさか、高僧は誰かを撃つつもりなのか?
この大きな謎に、アメリカ人の銃コレクターとブータン人通訳、彼らを追う警察、村にやって来る選挙委員、ある村の家族などが絡み合い、大騒動を繰り広げる。
何しろコメディだけに、笑いどころが満載だ。村の人たちにとって、選挙は初めての経験。選挙が何かわからない人も多い。それを選挙委員たちが何とか啓発して、投票させようとする。そこには当然ギャップが生まれる。会話もうまくかみ合わない。それが笑いを誘う。
銃コレクターと銃の持ち主の男とのやりとりも何だかおかしい。銃コレクターは大金をはたいて、持ち主に銃を撃ってくれと頼む。持ち主は「そんな大金はもらえない」と、それよりはるかに安い値段を申し出る。そこもまたかみ合わない会話で、笑ってしまう。
ブータンでは民主化と時を同じくして、テレビとインターネットも解禁となる。村人たちはあまりテレビを見たことがない。若い僧のタシは喫茶店のようなところで、テレビを見る。そこには懐かしのMTVや007の映画が映っていた。タシは007が使っていた銃(AK-47)に夢中になる。ここもユーモラスなシーンだ。
けっこう皮肉が利いた場面もある。銃コレクターの通訳が、アメリカ憲法を引き合いに出して、「アメリカでは人の数より銃が多い」などと話す場面もある。そんな会話も笑いの種となる。
ただし、この映画、ただ笑えるだけではない。民主化というと、素晴らしいことだらけのように見えるが、そうとばかりは言えない。もともと王政のもとで、十分に幸せだった村人にとっては、ありがた迷惑のような話なのだ。選挙によって、それまで穏やかだった家族関係がぎくしゃくし始めたりもする。それを村人が切々と訴える。
投票が自分の利益につながると考える者もいる。テレビをもらった人に投票するという村人は、「恩を売っておけば必ず返ってくる」と言い放つ。
選挙を啓発する役人たちも何だかおかしい。違う候補を支援する者同士を敵対させて「激しく相手を憎み合え!」などとたきつける。
「いやぁ~、さすがに民主化初期の国だけありますなぁ~」などとタカをくくっている場合ではない。何のことはない。これらは今の日本でも見られる光景ではないのか。自己の利益ばかりを願って投票先を決めたり、SNSを使って敵対する候補に関するデマを流したり……。けっしてブータンだけの話ではないように思えるのだ。
ドルジ監督は、民主主義や選挙そのものに疑念を呈しているわけではないだろう。そこにある負の側面もきちんとあぶりだしたうえで、それがただ上から与えられただけではうまく機能しないことを示唆しているのだと思う。
終盤、模擬選挙は無事に終了するが、そこでは思わぬ事態も発覚する。そして、その後の法要で、ついに高僧が銃を欲した真の動機が明らかになる。それは予想もしないものだった。
このシーンには仰天したが、ドルジ監督など作り手の平和への願いが込められた場面だと感じた。最後までユーモアを忘れないその後の展開といい、温かな空気が感じられて心地よかった。
主演のタンディン・ワンチュクは、ブータンの人気オルタナティヴ・ロックバンドのボーカルで、本作がスクリーン・デビューとのこと。ひょうひょうとしたその演技が、本作にはピッタリだった。高僧役のケルサン・チョジェはじめ他のキャストも、なかなかいい味を出していた。
よくできたコメディであるのと同時に、民主主義や選挙について考察する意味でも優れた一作だ。観ておいて損はない。
◆「お坊さまと鉄砲」(THE MONK AND THE GUN)
(2023年 ブータン・フランス・アメリカ・台湾)(上映時間1時間52分)
監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
出演:タンディン・ワンチュク、ケルサン・チョジェ、タンディン・ソナム、ハリー・アインホーン、ペマ・ザンモ・シェルパ
*ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほかにて公開中
ホームページ https://www.maxam.jp/obousama/
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