映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「一度も撃ってません」

「一度も撃ってません」
2020年7月4日(土)TOHOシネマズ池袋にて。午後2時20分より鑑賞(スクリーン4/D-5)。

~日本映画の名優4人による味わいとおかしみと哀愁

ここ数年東京都内に急ピッチで増殖中のTOHOシネマズ。ついに池袋にも進出です。

その最初の鑑賞作品は「一度も撃ってません」(2019年 日本)。監督は阪本順治。ここ数年だけでも、「半世界」「エルネスト」「団地」など様々なタイプの作品を送り出してきた阪本監督だが、今回の作品はコメディータッチのハードボイルドだ。そして脚本は丸山昇一松田優作主演のテレビドラマ「探偵物語」や映画「野獣死すべし」などで知られるベテラン脚本家である。

74歳の市川進(石橋蓮司)は、かつて純文学作品で本を出したものの、ハードボイルド作家に転身してからはまったく原稿が採用されなかった。それでも編集者が見捨てなかったのは、“伝説の殺し屋”だという噂があったからだ。

市川はまさにハードボイルドを地で行く男だ。トレンチコートを着て夜な夜なバーに繰り出し、いかにもハードボイルド小説の主人公が言いそうなセリフを吐く。だが、劇中で若い編集者が言うように、ハードボイルドはもはや時代遅れ。しかも、演じているのは若い二枚目俳優ではなく石橋蓮司なのだ。そこにあるのは単純なカッコよさよりも、哀愁とおかしみ、そして何とも言えない味わいである。

その市川にはバーで酒を酌み交わす仲間がいる。元検事の石田(岸部一徳)、元ミュージカルスターのひかる(桃井かおり)だ。そして、家に帰れば妻の弥生(大楠道代)の尻に敷かれている。

というわけで、注目はこの顔ぶれである。これが19年ぶりの主演映画だという石橋に加え、岸部、桃井、大楠とくれば、日本の映画界を支えてきた名俳優ばかり。よくぞまあこの顔ぶれを揃えたものだ。その4人が丁々発止のやりとりを繰り広げる。それぞれに見せ場も用意され、存分にその円熟の演技を披露する。しかも4人が揃って生き生きと楽し気に芝居をする。

4人の演技を観ているうちに、ついつい彼らの輝かしいフィルモグラフィを思い浮かべてしまった。桃井なら「赤い鳥逃げた」や「青春の蹉跌」、大楠なら「ツィゴイネルワイゼン」や「陽炎座」、岸部なら「死の棘」や「その男、凶暴につき」、石橋なら「アウトレイジ」や「いぬむこいり」など、過去に自分が観た彼らの出演作がよみがえってくるのだ。それだけで本作はもう成功したといっていいだろう。

個人的に一番印象深かったのは、夫の怪しげな行動に疑問を持った弥生が、ひかるに詰め寄るシーン。この時代に大楠と桃井のバトルが見られるとは、何という贅沢なのだろうか。

昭和レトロ感も満載の映画だ。登場するバーや喫茶店は、いかにも昭和の時代に存在したような店だし、夜の街の風景なども何だかノスタルジック。当時を知っている者にとってはそれも大きな魅力だろう。美術や照明が相当に頑張ったのだと思う。

コメディータッチの映画だから、もちろん笑いどころもたくさんある。それは爆笑というよりもクスクス笑えるネタだ。しかも、昭和テイストだったり、楽屋落ち的なネタが目につく。例えば、「五木」という編集者を「野坂」と呼んで笑いを誘うあたり。大丈夫ですか?若い人たち。笑えるかどうかは、人によって分かれるかもしれない。

コメディータッチであっても、主要な4人のキャストそれぞれに、人生の苦悩や葛藤を織り込むあたりも、心憎い仕掛けだろう。例えば、ひかるはかつての栄光を引きずっているし、石田は娘との関係がうまくいっていない。そうした事情も過不足なく盛り込む。

さて、市川は本当に殺し屋なのか。それらしいことをやっているのは、比較的早いうちにバレてしまう。だが、その後、それにはからくりがあることがわかる。それはまさにタイトルの「一度も撃ってません」に関わるからくりだ。

それをめぐって市川は、中国人のヒットマンから命を狙われるハメになる。2人はバーで緊迫の対峙をする。その中国人ヒットマンに扮するのは豊川悦司。本作は脇役まで超豪華なメンバーが勢揃いだ。

編集者の佐藤浩市、投資家の江口洋介ヒットマン妻夫木聡、その恋人役の井上真央をはじめ、新崎人生柄本明寛一郎前田亜季、渋川清彦、小野武彦柄本佑濱田マリ堀部圭亮原田麻由などがいずれも存在感たっぷりに登場する。それもまたこの映画の魅力だろう。

ちなみに観終わって気づいたのだが、佐藤浩市寛一郎柄本明柄本佑は親子。2組の親子共演も実現した映画なのだ。そういう点でも興味深い。

この映画には、若いキャストには絶対に出せない味わいとおかしみ、哀愁などが詰まっている。それが若者とは違うカッコよさも醸し出す。そして何よりも粋な映画。市川たちのなじみの「y」という酒場が閉店後に、店名の札を裏返して「Z」にするあたり。思わず「粋だぜ!」と叫びそうになってしまった。軽やかで、真剣で、粋で、カッコいい4人の男女の生き様が堪能できる映画である。

もしもここに亡くなった原田芳雄あたりが加わったら、さらにすごいことになっていたと思ったりもするわけだが。

 

f:id:cinemaking:20200706205252j:plain

◆「一度も撃ってません」
(2019年 日本)(上映時間1時間40分)
監督・企画:阪本順治
出演:石橋蓮司大楠道代岸部一徳桃井かおり佐藤浩市豊川悦司江口洋介妻夫木聡新崎人生井上真央柄本明寛一郎前田亜季、渋川清彦、小野武彦柄本佑濱田マリ堀部圭亮原田麻由
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://eiga-ichidomo.com/