映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「きみの鳥はうたえる」

きみの鳥はうたえる
新宿武蔵野館にて。2018年9月8日(土)午後2時20分より鑑賞(スマリーン1/C-4)。

~「終わりの予感」が漂う中、いとおしく切ない若者たちの夏

北海道・函館の映画館、函館シネマアイリスの開館20周年記念作品として製作された映画。原作は作家・佐藤泰志の小説。佐藤泰志は、5回も芥川賞候補になりながら一度も受賞できず、1990年に41歳で自殺している。死後しばらくしてから注目を集めるようになり、「海炭市叙景」(2010)、「そこのみにて光輝く」(2014)、「オーバー・フェンス」(2016)が映画化された。それに続く映画化4作目となる。

ちなみに過去の作品は、いずれも地元の函館の人々が中心となって映画化したもの。今回もそれは同様だ。そのせいか、原作は東京が舞台だが、映画では過去作同様に函館に舞台を移している。また、時代も現在に変更しているため、スマホやラップ音楽といった原作の執筆時にはなかったものもたくさん登場している。ストーリー展開そのものもかなり改編しているようだ。

2人の男と1人の女の青春ストーリーである。函館郊外の書店で働く「僕」(柄本佑)は、失業中の静雄(染谷将太)と小さなアパートで一緒に暮らしていた。そんなある日、「僕」は書店の同僚の佐知子(石橋静河)と関係を持つ。それをきっかけに、佐知子は毎晩のようにアパートへ遊びに来るようになる。そして、3人は一緒に夜通し酒を飲んだり、クラブで踊ったり、ビリヤードをする。

そんな彼らの気ままな日常が描かれる。これといって大きな出来事は起きない。大仰な描写もまったくない。だが、そこには様々な感情が渦巻いている。

「僕」は他人から「誠実でない」といわれるようにいい加減で、暴力性も持ち合わせた人間だ。一方、静雄は優しくておとなしい青年。まったく性格の違う2人だが、なぜか気があってお互いを尊重している。

そんな2人のところにやってきた佐知子が、男たちの関係性に微妙な影を落とす。まあ、早い話が三角関係の映画ともいえるわけだが、ドロドロの関係が描かれるわけではない。「僕」は、佐知子と恋人同士のようにふるまうものの、お互いを束縛せず、静雄と佐知子が2人で出かけることも気にしないと言う。それに対して静雄も「僕」に気を使い、「僕」が佐知子と2人きりの時には、できるだけ家にいないようにしたりする。

3人の若者たちの日常からは、青春のきらめきが見えてくる。ただし、それはまばゆいばかりのきらめきではない。映画全体を包むのは“終わりの予感”だ。「僕」も静雄も佐知子も、このままの暮らしがずっと続くなどとは思っていないようだ。楽しい夏が過ぎ去り、いつかこの関係性に終わりがもたらされ、やがて青春の日々が終焉を迎えることを予感しているように感じられる。

その予感がスクリーン全体を終始覆い、単なるキラキラした青春映画とは異質の空気感を醸し出す。そして、その予感があるからこそ、彼らが過ごす「今」という日常がこのうえなくみずみずしく、いとおしく、切ないものに見えてくるのである。それが、この映画の最大の魅力ではないだろうか。

3人の会話は、まるでアドリブのような自然な会話だ。アップを多用しつつも、時にはセオリーをはずしたようなカメラワークも面白い。三宅唱監督は、セリフに頼りすぎずに、役者のしぐさや微妙な表情の変化で心の揺れ動きを繊細に描いていく。

3人の若者を演じた柄本佑石橋静河染谷将太の演技もなかなかのものだ。特に心の奥にある複雑な感情を垣間見せる石橋の演技は特筆もの。それにしても、やっぱり若い頃の原田美枝子の面影を感じさせるなぁ。親子だから当たり前だけど。

そんな3人がクラブで遊ぶシーンが印象深い。最初はちょっと冗長な感じがしたのだが、よくよく見ると「僕と佐知子」「静雄と佐知子」、そして「3人」という構図を巧みにつなげて、それぞれの思いや関係性を巧みに表現している。また、函館の夜明けの街を夜通し遊んだ3人が歩くシーンなども、いかにも青春映画らしいシーンで心に染みる。

ドラマは中盤以降にさざ波が立ち始める。ある人物との関係を清算しようとする佐知子。同僚の店員とトラブルを起こす「僕」。母親との関係に悩む静雄。そうしたものを内包しつつ、3人の関係は変わり始める。

みんなでキャンプに行くことを提案する静雄。しかし「僕」は、その誘いを断り、キャンプには静雄と佐知子の2人が行く。そこから彼らが帰ってきた時に……。

ラストは彼らの終わりの予感が現実のものとなる。そこで、「僕」がとる行動が興味深い。日頃から「何を考えているかわからない」といわれる彼が、ストレートに感情を表現する。それに対して、佐知子が見せる表情がこの映画のラストシーンだ。

この表情をどう解釈するか。それは観客に委ねられているのだが、個人的には佐知子の決意はすでに揺るぎないものであり、二度と元に戻ることはないと確信する。青春とはそういうものなのだ。夏はもう終わったのだ。彼らそれぞれの前にあるのは、きっと今までとは違った道なのだろう。

地味で小ぶりではあるものの、青春の一瞬の輝きと終わりを実によく表現した映画だと思う。

本作を観たら、過去の佐藤泰志の映画化作品「海炭市叙景」「そこのみにて光輝く」「オーバー・フェンス」もぜひ観てください。いずれも素晴らしい作品なので。特に「そこのみにて光輝く」は必見!

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◆「きみの鳥はうたえる
(2018年 日本)(上映時間)1時間46分
監督・脚本:三宅唱
出演:柄本佑石橋静河染谷将太、足立智充、山本亜依、柴田貴哉、水間ロン、OMSB、Hi’Spec、渡辺真起子萩原聖人
新宿武蔵野館ほかにて公開中。順次全国公開予定
ホームページ http://kiminotori.com/