映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「Red」

「Red」
池袋シネマ・ロサにて。2020年2月27日(木)午後2時15分より鑑賞(シネマ・ロサ1/C-6)。

~情熱的な恋愛を通して自立を果たす主婦の心情を繊細に

「不倫は文化だ!」と発言した著名人がいる一方で、いまだに芸能人の不倫話にワイドショーが群がるこの日本。一度も結婚したことのない当方が言うのもなんですが、まあ個人的には、本人同士の問題で別にこちらが「ああだこうだ」と騒ぐことでもないと思うのだが。

直木賞作家・島本理生の小説を映画化した「Red」(2020年 日本)は、一口で言えば不倫ドラマだ。しかも、そこに難病まで絡んでくる。というわけで、観る前には「下世話なお涙頂戴ドラマだったらどうしよう」と危惧したのだが、そんなところは微塵も感じられない力作だった。

監督は三島有紀子。「繕い裁つ人」「幼な子われらに生まれ」「ビブリア古書堂の事件手帖」などのフィルモグラフィを見るにつけ、何でも撮りますな、この監督。とはいえ、ここまで情熱的(というか情欲的?)な恋愛映画は初めてでは?

映画は激しい雪の中から始まる。一人の女性が尋常ならざる顔で電話をしている。それを車のそばで一人の男が見つめている。まもなく2人の乗った車はヘッドライトを灯しながら、吹雪の中を進んでいく。こりゃあ、どう考えても道行きだろうが!

と思った瞬間、舞台は過去へと戻る。専業主婦の村主塔子(夏帆)が、商社マンの夫(間宮祥太朗)とかわいい娘、そして夫の両親と暮らしている。塔子は、ある日、夫と参加したパーティでかつて愛した男・鞍田秋彦(妻夫木聡)と10年ぶりに再会する。これが不倫劇の始まりである。

お気楽主婦の火遊び? それともDV夫からの逃避? いやいや、そんな単純な話ではない。塔子は経済的にも恵まれ、何不自由ない生活を送っているように見えた。夫は優しいし、子供もかわいい。夫の母も気遣いがある。だが……。

その「だが……」を繊細に描く三島監督の演出が出色だ。飲んで帰宅した夫に塔子は「夕食食べる? ハンバーグ」と聞く。夫は「お腹いっぱいだからいい」と断る。だが、その後、母から「煮付けがある」と聞かされた夫は「じゃあ、食べようかな」と言う。それを聞いた塔子の微妙な表情……。このシーンを観ただけで、塔子が抱える窮屈さ、不安定さ、違和感が伝わってくる。

その後、夫と出かけたパーティでも、塔子は夫の添え物扱いだ。自身の存在感の希薄さを身にしみて感じることになる。そんな中で、鞍田と偶然再会した塔子。なるほど、お気楽主婦の火遊びでも不幸からの逃避でもなく、充たされない心根が彼女を不倫に走らせるのだなぁ~、と自然に納得させられてしまうのである。

とはいえ、再会していきなりディープキスはないでしょう。少女漫画じゃないんだから。と言ったら少女漫画が怒るか。何にしても、そのへんはちょっと不自然。

ともあれ、再会した塔子に鞍田は言う。「君は昔と変わっていないなぁ」。これは取りようによっては誉め言葉にもなるが、塔子は違う受け止め方をしたようだ。彼女の表情からそれがわかる。どうやら、塔子は昔既婚者の鞍田とつきあい、その後別れたらしい。彼女にとって傷心の出来事ではあるが、同時にキラキラと輝く日々でもあったに違いない。

塔子は鞍田のいる建築会社で働き始める。そして2人は抜き差しならない深みへとはまっていく。その一方で、塔子は仕事にやりがいを感じ、充実した日々を送っていく。塔子は結婚前の輝きを取り戻すのだ。・

塔子に「働きたい」と言われた時の夫の態度も印象的だ。最初は「どうして? そんな必要ないだろう?」と言う夫。だが、やがて理解を示す。それでもその表情からは、快く思っていないことが明確に見て取れる。このあたりの男の心情描写も巧みである。

塔子と鞍田の絆の強さを示すために家のミニチュア模型を使ったり、2人の思い出の曲らしいジェフ・バックリィの「ハレルヤ」を劇中で何度か流すなど、ディテールの組み立て方もよく考えられている(原作にもあるのかもしれないが)。

塔子はけっして饒舌ではない。鞍田に至ってはさらに無口でほとんど口をきかない。それゆえ2人の心情はセリフ以外で提示する部分が多いのだが、その繊細な描写が本作の大きな見どころである。

ただし、塔子に比べて鞍田の心情はよくわからないところも多い。最初の方の彼は完全なプレイボーイ。塔子の心情を察知して自分の方に引き込んでいくあたりは、思わずただのジゴロかと思ってしまった。

2人の勤める会社には小鷹(柄本佑)という同僚がいて、塔子に言い寄るのだが、一見軽薄そうなこの男、実はなかなかに優しくて他人思いだったりするのだ。塔子も彼のことを憎からず思っていたりするから、途中で三角関係にでも突入するのかと思ったらそんなことにはならなかった。

やがて鞍田はある秘密を抱えていることがわかる。ここから、いわゆる「難病もの」的な要素が加わる。しかし、お涙頂戴的な情感過多のドラマにはならない。そこに流れるのは破滅の予感。そう、冒頭で描かれた道行に戻るのである。

その果てに、ラストで塔子はある決断をする。それはかなり衝撃的で残酷なもの。本作は玄人筋には高い評価を得ているようだが、一般のファンの間では賛否両論別れているようだ。その要因の一つは、このラストにあるのかもしれない。

しかし、自分的にはあのラストしかなかったと思う。本作の流れからは当然の帰結と言えるだろう。なぜなら、一見ただの不倫恋愛映画にも見える本作だが、そこに通底しているのは塔子の自立のドラマだからだ。どこかで人生を間違った彼女は、情欲にあふれた恋愛を経て、すべてのものから解放され自立する。その犠牲はあまりにも大きかったのだが……。

ちなみに、情欲云々と言っても、ベッドシーンは2回のみ。一度目はかなり激しく濃厚なものではあるが、ラスト近くの2回目はひたすら痛切で哀しいものだった。

それにしても夏帆は素晴らしい女優になったものである。昨年の「ブルーアワーにぶっ飛ばす」に続く見事な演技だった。「天然コケッコー」や「うた魂(たま)」の頃からずっと観てきた当方にとって、その成長が嬉しくもまぶしいのであった。

柄本佑片岡礼子余貴美子ら脇役たちの存在感も印象深い。たかが不倫ドラマなどと敬遠せずに観て欲しい作品である。

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◆「Red」
(2020年 日本)(上映時間2時間3分)
監督:三島有紀子
出演:夏帆妻夫木聡柄本佑間宮祥太朗片岡礼子、酒向芳、山本郁子、浅野和之余貴美子
新宿バルト9ほかにて全国公開中
ホームページ https://redmovie.jp/