「バーナデット ママは行方不明」
2023年9月23日(土)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時25分より鑑賞(スクリーン1/C-7)
~リチャード・リンクレイター監督とケイト・ブランシェットが、ある女性の人生のやり直しを魅力的に描く
ケイト・ブランシェットといえば、ユニークな女性指揮者を演じた「TAR ター」が今年公開になったが、これまでにも「エリザベス」「アビエイター」「あるスキャンダルの覚え書き」「オーシャンズ8」「ブルージャスミン」「キャロル」などで様々な女性を演じてきた。その演技力は誰からも一目置かれる存在だ。
そんな彼女が自ら出演を希望したという映画が「バーナデット ママは行方不明」である。原作はマリア・センプルのベストセラー小説「バーナデットをさがせ!」。監督は、「恋人までの距離」「6才のボクが、大人になるまで。」などでおなじみのリチャード・リンクレイター。
シアトルに暮らす専業主婦のバーナデット(ケイト・ブランシェット)。かつては天才建築家として活躍した彼女だが、今は夢を諦めて一流IT企業に勤める夫のエルジー(ビリー・クラダップ)や親友のような関係の娘のビー(エマ・ネルソン)とともに、幸せな毎日を送っているように見えた。だが、実は彼女は極度の人嫌いで人づきあいが苦手。隣人やママ友ともうまくつきあえなかった。やがてあるトラブルをきっかけに、バーナデットは家族の前から姿を消して南極へと向かう……。
ドラマの冒頭からしばらくは、バーナデットは普通の主婦のように見える。一流企業勤務の夫と性格の良さそうな娘に囲まれ、何不自由ない暮らしぶりだ。こんな平凡な主婦をケイト・ブランシェットが演じるなんて、何だか違和感があるなぁ~。
と思っていたら、どうも様相が違ってきた。バーナデットと夫は、娘が優秀な成績を収めたら何でも好きなものをプレゼントすると約束していた。そこで娘は家族での南極旅行を要求する。夫婦は求めに応じるものの、バーナデットは不安そうだ。
続いて、バーナデットは隣人と顔を合わせるが、その関係はどこかギクシャクしていた。彼女は家族以外の人間を、極力避けたいと思っているらしかった。そうなのだ。彼女は人づきあいが苦手で、南極旅行も船の中でたくさんの人と顔を合わせるのが嫌なのだった。
なーるほど。こういう一風変わった女性役は、ケイト・ブランシェットにかかったらお手のもの。どんどん心のバランスを崩していくバーナデットを、繊細に演じている。特に感心したのが一人芝居の場面。バーナデットは外出も苦手で、買い物や家事やスケジュール管理はメールで依頼できる仮想秘書に任せている。したがって、彼女がスマホ相手に一人でしゃべりまくる。持ち前の演技力が発揮される場面だ。
リンクレイター監督も、さすがに手練れの技を見せる。この手の小説の映画化のお手本のような演出だ。原作モノと言われなければ、そうとはわからなかったかもしれない。
やがてバーナデットが人嫌いになり、ストレスをためていった背景には、彼女の過去が関係していることがわかる。それは天才建築家として活躍していた輝かしき日々。しかし、いつしか夢を諦めて彼女は普通の主婦となっていた。
そのバーナデットの過去を描くのに、ドキュメンタリー映画のように関係者の証言で構成する仕掛けが効果的だ。彼女の過去がいかに輝かしいもので、創造性に満ちたものであったのかが端的に表現される。
後半に進むにつれて、それまで見えなかったバーナデットの本性が次第に露わになる。加速していくバーナデットの大胆かつ突飛な行動につい笑ってしまうとともに、事態の深刻さを知ることになる。
ドラマはある出来事を転機に大きく動く。大雨の日にバーナデットの家の庭が崩壊し、その土砂が隣家に押し寄せる。そのトラブルをきっかけに、彼女の心は完全に壊れてしまう。
そんな彼女の現状を、再会したかつての仕事仲間(ローレンス・フイッシュバーンが渋い)を相手にバーナデットが愚痴をまくし立てるシーンと、夫のエルジーが精神科医を相手にバーナデットのことを説明するシーンを交互に映す手法も面白い。
さらに映画の随所には、娘のビーによる機知にとんだモノローグも挿まれ、ドラマの進行を助ける。
まあ、後半でFBI捜査官まで登場するのは、ちょっとやり過ぎという感じもするが、いずれにしてもバーナデットは、夫と娘の前から姿を消して一人で南極を旅するという行動に出る。はたして、その行き着く先は……。
最後は予想通りの展開だったが、南極の美しく雄大な大自然の力もあって、素直に感動してしまった。ついウルウル来てしまったのは年のせい?
これは家族の物語であるのと同時に、夢を諦めた女性が再び夢を追うようになる姿を描いたドラマである。退屈な毎日にストレスをため込み、自分の心のバランスを崩した主人公が南極に旅に出たのは、現実からの逃避だったのかもしれない。だが、そこで彼女は今の自分と向き合い再び夢を追うことを決意する。このことを通して、「いくつになっても人生はやり直せるのだ」と観客の背中をさりげなく押すのである。
傑作というわけではないが、リンクレイター監督のセンスの良い演出、そして何よりもケイト・ブランシェットの演技のおかげで、魅力的な映画になっている。やはり彼女の出演作は見逃せない。
ケイト以外にも夫役のビリー・クラダップがとてもいい味を出していた。その他の配役もなかなかの演技。
◆「バーナデット ママは行方不明」(WHERE'D YOU GO, BERNADETTE)
(2019年 アメリカ)(上映時間1時間48分)
監督:リチャード・リンクレイター
出演:ケイト・ブランシェット、ビリー・クラダップ、エマ・ネルソン、クリステン・ウィグ、ゾーイ・チャオ、ジュディ・グリア、ローレンス・フィッシュバーン、ジェームズ・アーバニアク、トローヤン・ベリサリオ
*新宿ピカデリーほかにて公開中
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