映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「キリング・オブ・ケネス・チェンバレン」

「キリング・オブ・ケネス・チェンバレン
2023年9月18日(月・祝)新宿シネマカリテにて。午後2時20分より鑑賞(スクリーン1/B-10)

~黒人男性を射殺した白人警官。実在の事件をリアルタイムで再現

実在の事件を基に描いた「福田村事件」を先日取り上げたが、今度はアメリカの実在の事件を基にした映画「キリング・オブ・ケネス・チェンバレン」を観た。いや、「実在の事件を基にした」というよりは、「実在の事件をそのまま再現した」という表現がぴったりの作品だ。ちなみに、本作の製作総指揮はモーガン・フリーマンが務めている。

主人公は、ニューヨーク州ホワイトプレーンズに住む退役軍人のケネス・チェンバレン(フランキー・フェイソン)。高齢で心臓が悪く、おまけに双極性障害を患っている。そのため、医療用通報装置を使用している。もしも何かあれば契約している会社に通報が行き、安否を確認してくれるのだ。だが、その装置が仇となる。

2011年11月19日午前5時22分、睡眠中のケネスは誤って医療用通報装置を誤作動させてしまう。信号を受信した会社の担当者は地元警察に安否確認を依頼する。間もなくケネスが暮らす公営住宅に3人の白人警官がやって来る。警官たちは玄関を開けるよう告げる。だが、おびえたケネスはそれを拒否する。ケネスは、「誤作動だった」「緊急の用はない」と説明するが、警官たちは彼に不信感を募らせ、次第に高圧的な態度を取るようになる。そして……。

このドラマの特徴的なところは、実際の事件とほぼ同時間(約90分)のリアルタイム進行で描いているところだ。映像は手持ちカメラによる迫真の映像。音楽もそれを強烈に後押しする。そのため、破格のスリリングさが醸し出されるのだ。まるで自分が事件の現場に立ち会っているかのような気分にさせられる。

舞台装置も効果的だ。舞台になるのはケネスの部屋と、ドア前のほぼ2カ所。それを交互に映す。ケネスがいるのは狭い部屋。その中でケネスは、ドアの外からの警察官の態度に右往左往し、精神障害に悩まされ、どんどん混乱していくのである。

ケネスを演じるフランキー・フェイソンは「ハンニバル」などに出演していたというが、正直ほとんど記憶がない。しかし、この映画での演技は凄まじい。心配した身内からかかってくる電話や、通報を受けた会社の担当者との通信に応対しつつ、ほとんど一人芝居でケネスの心の揺れや怒り、混乱を演じ切る。オスカーの候補になってもおかしくない見事な演技だった。

一方、警官側もドア前の狭い空間にいる。彼らは当初は穏やかな態度を取っていたが、次第に高圧的になる。しかも、そのうちに法律を無視して、強制的に室内に入ろうと考えだす。そこに近隣住人や、警官が呼んだ応援要員も集まって来て、大混乱に陥っていく。

そんな中、警察の中にも良心的な人物がいる。新米警官のロッシ(エンリコ・ナターレ)だ。彼はいきり立つ同僚たちをなだめ、なるべく穏便に事を収めようとする。精神障害にも理解があるようで、ひたすらドアを叩く同僚たちに「それでは逆効果だ」と諭す。だが、同僚たちは彼の言い分を無視する。

ロッシを演じるエンリコ・ナターレという俳優も初めて耳にする名前だが、これまたなかなかの演技力だ。自分の思いと違う方向に事態が進み、どうしたらいいかわからず困惑するロッシを巧みに演じていた。

ロッシはいわばこの緊迫のサスペンスで、観客との橋渡し的な役目を果たしている。彼の言動に観客はわずかな希望を見出す。それが端的に現れた場面がある。緊迫がそのまま頂点に達するかと思えた次の場面、ロッシはケネスを窓から説得するという役割を与えられる。一度はその説得が功を奏すかと思われたのだが……。

最後は警官たちが、おのやハンマーを持ち出して強行突入しようとする。その結果、惨劇が起きる。ケネスがむごたらしく殺害される場面は、ひたすら恐ろしく身が凍る思いがした。

この事件の背景には明らかに人種差別がある。どうやらケネスが頑強に警官たちを部屋に入れなかったのは、この地の警官が黒人に偏見を持ち、ケネス自体も嫌な思いをした経験があるせいらしかった。当初はそんなそぶりを見せなかった警官たちだが、次第にその本性を現す。穏やかだったケネスとやり取りが緊迫化するにつれて、彼らは明らかに差別的な言辞を吐く。

エンドロールの前に、実際の当時の音声が流される。それはドラマの中のセリフとほぼ同じ。つまり、このドラマは実際の事件をできるだけ忠実に再現したものなのだ。それを考えるとなおさら恐ろしい。

さらに恐ろしいのは同じくエンドロール前に提示される事実。この事件で有罪になった者は1人もいないというのだ。どう考えても、ケネスに馬乗りになって発砲した警官は殺人罪だろうが!と怒りが湧いてきた。市民を守るはずの警官が市民を殺すなんて。

2011年に起きたこの事件。その後も、アメリカでは似たような事件が後を絶たない。その点で、この映画が持つ意味はとても大きいと思う。

まあ、とにかく破格の緊迫感漂うサスペンスだ。最初から最後までその緊迫感にとらわれて身動きできなかった。結末はわかっているのに一瞬も目が離せなかった。監督のデヴィッド・ミデルはこれが長編2作目らしいが、とてつもない才気を感じさせる監督だ。

◆「キリング・オブ・ケネス・チェンバレン」(THE KILLING OF KENNETH CHAMBERLAIN)
(2019年 アメリカ)(上映時間1時間23分)
監督・脚本・製作:デヴィッド・ミデル
出演:フランキー・フェイソン、スティーヴ・オコネル、エンリコ・ナターレ、ベン・マーテン、ラロイス・ホーキンズ、アニカ・ノニ・ローズ(声の出演)
*新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ http://kokc-movie.jp/

 


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