映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「サンドラの小さな家」

「サンドラの小さな家」
2021年4月3日(土)新宿ピカデリーにて。午後2時20分より鑑賞(シアター9/C-7)

~自立に向けて苦闘する女性とそれを支える人々の連帯

安直な感動物語を思わせる「サンドラの小さな家」というタイトル。だが、そんな生易しいドラマではない。むしろ原題の「HERSELF」のほうが、この映画を的確に言い表しているのかもしれない。一人の女性の自立と、それをサポートする仲間たちのドラマである。

映画の冒頭に描かれるのは壮絶なDVだ。サンドラ(クレア・ダン)という女性が夫から激しい暴力を受ける。彼女には2人の幼い娘がいて、その直前に警察に通報するように暗号を発していた。

こうしてサンドラは、DV夫から逃れ、幼い娘たちとともにホテルでの仮住まいを余儀なくされる。仕事を掛け持ちし、なんとかやり繰りするサンドラだが、公営住宅は長い順番待ちでいつ入れるかわからない。

そんなある日、サンドラは娘との会話から、小さな家を自分で建てるアイデアを思いつく。だが、実現には高いハードルがあった。インターネットで設計図を探し出したものの、何から手を付けていいかわからない状態だった。

そんな中、サンドラが清掃人として働く家の雇い主、ペギー(ハリエット・ウォルター)が土地と費用の貸し出しを提案する。さらに、様々な人たちが協力を申し出て、サンドラの小さな家づくりが始まる。

監督は「マンマ・ミーア!」「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」のフィリダ・ロイド。徹底してリアルな筆致でサンドラたちを描き出す。とはいえ、本作の最大の功労者は原案・共同脚本・主演を務めたアイルランドの女優、クレア・ダンだろう。家を失った親友の悲痛な声をきっかけに脚本を執筆したという。そこには、弱者に寄り添った視点が明確に貫かれている。

サンドラに次々と協力者が現れるところは、都合よすぎの感がないではない。だが、それは「こうであってほしい」という作り手の願望でもある。このドラマで暴力と貧困の犠牲者に手を差し伸べるのは、偉い権力者でも土地の名士でもなく、市井の人々なのだ。権力側の無能さや非情さを、殊更にあげつらいはしないが、そこにはケン・ローチ監督の映画にも見られるような市民の連帯の強さがある。

この映画の終盤では、アイルランド語で助け合う仲間を意味する「メハル」の精神が語られる。それこそが、作り手たちが訴えたかったことだろう。無償の愛を提供することで、彼らもまたお金には代えられない大きなものを得るのである。

そして、何よりもサンドラの熱意の強さよ! このドラマでは、随所に彼女のDVのトラウマがイメージショットとして流される。元夫は面会権を持ち週末は娘を預かるので、なおさらその恐怖は現在進行形だ。ご多分に漏れず、「俺は変わった」などと宣わっている元夫だが、いつ何時逆ギレするかわからない。

だから、サンドラは必死で家を建てる。この家は、彼女の自立への第一歩であり、娘たちとの安らぎの場所なのだ。その熱意が多くの人々を引き付ける。ホームセンターで出会った土木建築業者や彼のダウン症の息子、建物を不法占拠して暮らす友人たち、娘の友達の母。彼らの詳細なプロフィールは描かれないが、彼らにもそれぞれに事情があることが示唆される。

多少のつまずきや失敗はあるものの、家づくりは順調に進む。だが、そこに微妙な影が差す。元夫はサンドラが面会権を妨害していると訴える。実は下の娘が元夫の家に行くことを嫌がったため、仕方なく連れて行くのをやめたのだ。だが、元夫は納得せず、狡猾な手段で親権を奪おうとする。それがサンドラを苦しめる。

それでもサンドラは負けない。自らの心の内をさらけ出し、元夫と対峙する。だが……。

終盤は衝撃的な出来事が起きる。サンドラは大切なものを失うが、最後にはかすかな希望の光も見える。多くのものを犠牲にしながらも、彼女の自立への決意は揺るがないはずだ。そして、多くの人々が再び彼女に協力するに違いない。

ちなみに、ラスト近くである人物が隠された秘密について発言をする。そこには自立を目指すサンドラとは対照的に、逃れられない運命を背負った女性の姿が見える。このあたりの描き方にも、安直な感動ではなく、厳しい現実を提示する作り手の姿勢が感じ取れた。

「DV夫から逃れた女性がみんなの協力で家を建てました」などというお気楽なドラマではない。困難に直面しつつも自立に向けて苦闘する女性と、それをごく自然に支える人々の力強い連帯のドラマなのである。

 

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◆「サンドラの小さな家」(HERSELF)
(2020年 アイルランド・イギリス)(上映時間1時間37分)
監督:フィリダ・ロイド
出演:クレア・ダン、ハリエット・ウォルター、コンリース・ヒル、イアン・ロイド・アンダーソン、ルビー・ローズ・オハラ、モリー・マキャン
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://longride.jp/herself/