映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「水を抱く女」

「水を抱く女」
2021年4月4日(日)新宿武蔵野館にて。午後12時30分より鑑賞(スクリーン2/C-5)

~現代を生きる「水の精」の愛と孤独と破滅

人魚姫の伝説やギリシア神話のセイレーンの例を持ち出すまでもなく、海や水には不思議な伝説がついて回る。ドイツにも「ウンディーネ」という水の精霊の伝説があるらしい。そのウンディーネを現代の大都市ベルリンに登場させた寓話が「水を抱く女」である。

出だしは下世話な恋愛話風に始まる。カフェテラスでウンディーネ(パウラ・ベーア)という女性が恋人ヨハネス(ヤコブ・マッチェンツ)から別れを切り出される。どうやら別の女性に心変わりしたらしい。そこで、ウンディーネは言うのだ。「私を捨てたら殺すから……」。ここから早くも不穏な空気が流れ始める。

ウンディーネはベルリンの都市開発を研究する歴史家で、ベルリンの街並みの模型が展示された博物館の歴史ガイドとして働いている。ガイドが終わって休憩時間になるまで、ヨハネスに待つように頼むのだが、行ってみると彼はもういない。必死でカフェテラスを探しまわると、ヨハネスではなく潜水作業員のクリストフ(フランツ・ロゴフスキ)が現れる。

ここで一気にドラマは神話の色を帯び始める。そこで重要な役割を果たすのが、水である。揺れによって倒壊した水槽の大量の水を、ウンディーネとクリストフは全身に浴びてしまう。それによって2人はたちまち相思相愛の仲になる。

基本になるのはあくまでも普通のラブロマンスだ。ウンディーネとクリストフは幸せそのものの日々を送る。

だが、その一方で彼らが生きる現実世界に、神秘的な水のイメージショットや超自然的な描写を織り交ぜ、不気味な雰囲気を漂わせる。例えば2人は一緒に水中に潜り、ウンディーネは溺れかける。死の匂いがする危険なシーンである。

ちなみに、人工呼吸のシーンでクリストフがビージーズの「ステイン・アライブ」を歌うのが面白い。人工呼吸のリズムにピッタリの曲だというのである。笑いどころの少ない本作で、ここは数少ない笑えるポイントかも。

ウンディーネによるベルリンの街の解説も、ドラマに奥行きを与えている。ベルリンの歴史とともに語られるその解説は、クリストフとの関係性においても重要な役割を果たす。ベルリンの都市の歴史を背景に、ウンディーネという存在を幽玄の世界に昇華させ、単なるファム・ファタール以上の危うさを身にまとわせる。

中盤以降、ドラマはさらに不穏さを増幅させる。ウンディーネの前に消えたはずのヨハネスが再び姿を現したのだ。彼はウンディーネに復縁を迫る。それがクリストフとの関係にも影を落とす。そして大きな悲劇が起きる。

その中でウンディーネの孤独が浮き彫りになり、同時に彼女の凶暴さが加速していく。それがまた予想もつかない展開を巻き起こしていく。

ウンディーネが幻のように消失した後の後日談が、これまた印象深い。ウンディーネが水の精であることを明確に示すとともに、彼女に翻弄されるクリストフの哀しい姿を見せつける。

水中を漂うウンディーネの美しく、そして妖しい姿よ!

クリスティアン・ペッツォルト監督は、「東ベルリンから来た女」「あの日のように抱きしめて」「未来を乗り換えた男」など、歴史ものや政治的作品で知られている。本作のような映画を撮るのは意外な気もするが、過去作もサスペンス色が強かったし、ベルリンの都市開発の歴史を背景にしている点も過去作と共通する要素かもしれない。

愛を求めずにはいられない水の精の輝きと破滅を、現代のベルリンを舞台に描いたユニークな作品だ。何よりも本作で第70回ベルリン国際映画祭の女優賞を受賞したパウラ・ベーアの演技が素晴らしい。現実世界とファンタジーの世界、どちらでも妖しい魅力を振りまいている。

 

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◆「水を抱く女」(UNDINE)
(2020年 ドイツ・フランス)(上映時間1時間30分)
監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト
出演:パウラ・ベーア、フランツ・ロゴフスキ、マリアム・ザリー、ヤコブ・マッチェンツ、アネ・ラテ=ポレ、ラファエル・シュタホヴィアク
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://undine.ayapro.ne.jp/