映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「すばらしき世界」

「すばらしき世界」
2021年2月11日(木)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後12時10分より鑑賞(スクリーン5/G-15)

~社会に適合しようとする元殺人犯の苦難と温かな善意

西川美和監督は、「ゆれる」「ディア・ドクター」「永い言い訳」「夢売るふたり」など、過去作がすべてオリジナル脚本という今どき珍しい監督。しかし、今回は初めて原作モノの作品を撮った。直木賞作家・佐木隆三の小説「身分帳」を原案にした「すばらしき世界」である。

殺人を犯し13年の刑期を終えた三上正夫(役所広司)が、旭川刑務所を出所する。二度と刑務所に戻らないと誓った彼は上京し、身元引受人となった弁護士の庄司(橋爪功)とその妻・敦子(梶芽衣子)に温かく迎えられる。やがて三上は生活保護を申請し、下町でアパート暮らしを始める。

一方、小説家への転身を目指していたTVディレクター津乃田(仲野太賀)のもとに、やり手のTVプロデューサー吉澤(長澤まさみ)から、三上の密着ドキュメンタリー番組制作の話が持ち込まれる。さっそく津乃田は三上への取材を開始するのだが……。

原案の小説のタイトル「身分帳」とは、受刑者の経歴を詳細に記した刑務所の個人台帳。三上は幼少期に離別した母との再会を願い、その資料にと身分帳の写しを吉澤に託したのだ。

三上は根っからのワルではない。不幸な生い立ちからヤクザ組織に関わったものの、涙もろく感激屋で、困っている人がいると見過ごせない正義感の持ち主だ。いわば「フーテンの寅さん」なのである。

だが、その反面、直情径行で、怒りを制御できない。いったん暴力をふるうとストッパーが効かずに、とことん相手を痛めつける。残念なことに、この寅さんは暴力寅さんなのだ。それゆえ人生の大半を刑務所で過ごしてきたのである。

そんな三上が社会に適合しようとする。だが、世間は冷たい。いくら三上が更生しようとしても、数々の障壁が立ちはだかる。三上は悪戦苦闘する。このあたりは、藤井道人監督の「ヤクザと家族」でも描かれた光景だ。

ただし、この映画では世間は冷たいばかりではない。むしろ三上を応援する人々が多数登場する。弁護士の庄司夫妻、スーパーの店長(六角精児)、そしてケースワーカー北村有起哉)らである。彼らはみな善人だ。三上のやり直しを親身になってサポートする。三上はその温かさを実感しつつ、なかなか自立できないふがいなさに、なおさら絶望するのである。

一方、TVディレクターの津乃田は、最初は前科者として恐る恐る三上と接する。無軌道な暴力場面に遭遇して戸惑ったりもする。だが、同時に心根の優しさに触れて次第に距離を縮めていく。後半になると、仕事抜きで彼に寄り添うようになる。その思いはちょうど観客の心情とも共通するものだろう。その点で、この映画における津乃田の役割はとても大きいと思う。

この映画にはユーモアもある。長年刑務所に入っていた三上と世間の常識とのずれをネタにした笑いなどが、そこかしこに散りばめられている。シリアスで重たいテーマを持つ映画だが、フットワークは実に軽い。

中盤、絶望した三上は九州にいる昔の仲間に連絡を入れる。そこで映し出される東京の夜景とムーディーなジャズが印象的だ。三上は九州に飛ぶがヤクザの世界も変わってしまったことを知り、再び東京に戻る。

東京に戻った三上は、津乃田の尽力で、母の消息を知るために幼い頃を過ごした養護施設を訪ねる。

その後、ケースワーカーの紹介で三上は介護現場に職を得る。ついに社会への第一歩を踏み出したのだ。だが……。

最後の場面での津乃田の慟哭が胸を刺す。何とも言えない余韻を残してドラマは終わる。美しい花に手を触れた瞬間、三上は何を思ったのだろうか。

繊細な描写に定評がある西川監督だが、今回も三上の心情を細やかに描き出す。しかし、奇をてらった演出は何もない。それは主演が役所広司であることを十分に意識したものだろう。

昔気質の愚直さを持つ男を懐の深い演技で表現している。優しい姿と、底知れぬ恐ろしさを感じさせる姿を両立させ、時には滑稽さも見せる。これほど多面性ある人物を違和感なく演じるのだから、さすがである。そのあまりにリアルな演技に、向こうの曲がり角から、三上が今にもひょっこり顔を出しそうな気がする。

仲野太賀もいい演技をしている。特に後半で三上に寄り添う姿が印象深い。六角精児、北村有起哉らの脇役陣も存在感十分だ。梶芽衣子は久々に歌声も披露しているが、「怨み節」ではない。

まっとうに生きることの難しさや、前科者に冷たい今の社会の問題点を鋭くえぐった映画である。同時に社会から外れた者に、温かな手を差し伸べる人がいることも描かれる。それらをひっくるめて、「すばらしき世界」というタイトルが持つ意味の重さを感じずにはいられなかった。

 

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◆「すばらしき世界」
(2020年 日本)(上映時間2時間6分)
監督・脚本:西川美和
出演:役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子長澤まさみ、安田成美、梶芽衣子橋爪功
丸の内ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ https://wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai/