映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「哀愁しんでれら」

「哀愁しんでれら」
2021年2月10日(水)グランドシネマサンシャインにて。午前11時25分(スクリーン11/F-12)

どん底コメディーからキラキラのシンデレラストーリー、最後はサイコホラーに

TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILMは新人クリエイター発掘のコンクール。これまでに『嘘を愛する女』『ブルーアワーにぶっ飛ばす』などが映画化されている。

その「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM 2016」でグランプリに輝いた企画をもとに、渡部亮平監督がオリジナル脚本で映画化したのが「哀愁しんでれら」だ。渡部監督は8年前に撮った自主映画「かしこい狗は、吠えずに笑う」の評価が高く、これが商業映画デビューとなる。

児童相談所に勤める小春(土屋太鳳)は、子供の頃に母が家を出た哀しい過去を持つ。それでも祖父と父(石橋凌)、妹(山田杏奈)とともに、自転車屋を営む実家で平穏な日々を送っていたが、ある夜、祖父が倒れ、そのどさくさの中で自宅が家事になる。さらに、彼氏の浮気が発覚して一晩ですべてを失ってしまう。そんな時、踏切で泥酔していた開業医の大悟(田中圭)を助ける。やがて、8歳の娘ヒカリ(COCO)を男手ひとつで育てている彼の優しさに触れ、プロポーズを受け入れる。こうして人生のどん底から一転、理想的な結婚を果たす小春だったが……。

序盤は不幸のどん底に突き落とされるヒロインを描く。一夜にして押し寄せる不幸。現実にはあり得ない話だが、そんなことは承知の上だろう。

特徴的なのは悲惨な話にもかかわらず、そこはかとないユーモアが込められている点だ。祖父が倒れて車で運ぶ途中、酔っ払いが飛び出してくる場面がある。おかげで車は事故を起こしてしまう。父は怒る。「酔っ払いが!」。だが、次の瞬間に気づく。「あ、俺も酔っ払いだ」。父はビールを飲んでいたのだ。

中盤はシンデレラストーリーに突き進む。大悟と出会った小春が理想的な結婚へと踏み出す。そこでもユーモアは健在だ。ラブコメ風の展開で、小春の心のトキメキを映し出す。

何しろ大悟がこれ以上ないほど良い人なのだ。優しくて、しかも裕福で、まるで王子様である。父の就職の世話(葬儀屋)をしただけでなく、妹の家庭教師も引き受ける。これなら、小春ならずとも惚れてしまいますがな。

映画の冒頭で「女の子は将来幸せになれるかどうか不安だ」という主旨のモノローグがある。大悟はまさにその不安を消してくれる存在のはずだった。

そして娘のヒカリが、これまた良い子なのである。素直で、明るくて、すぐに小春に懐く。母の愛を知らない小春も、これならばヒカリの母親になれるはずだった。

結婚当初は幸せそのものだった小春。だが、次第に大悟とヒカリの別の顔が見えてくる。大悟は絵が趣味で家族の肖像画を描いていた。同時に自分の肖像画を何年にもわたって描き続けている。それが何とも不気味なのだ。しかも、彼は幼い頃に勝っていたウサギを剝製にして可愛がる気味の悪い趣味を持っていたのである。

もっとすごいのがヒカリだ。彼女は虚言癖がひどく、学校に毎日弁当を持たせているのに、「お弁当を作ってくれない」と先生に嘘をつくのである。彼女が「盗まれた」と主張した千春が作ったペンシルケースも、トイレに捨てられていた。そして、彼女は同級生の死にも関わっているらしかった。

というわけで不穏で不気味な空気の中、小春はどんどん追い詰められていく。幸せを追い求めた結果、常軌を逸していくのである。ついには五円玉入りのおにぎりで、ヒカリに対して反撃の虚に出るのだ!

まあ、その後は二転三転するのだが、そのさなかにも何やら笑っちゃうシーンがある。たとえば銀粉蝶扮する大悟の母が、息子との確執を語る場面。彼女はなぜかハンバーガーを貪り食うのだ。こんなふうに、怖ろしさと笑いが奇妙な同居をする。

そして、終盤にはさらに怖ろしい展開が待っている。学校で、集団で、あんなことを……。ギャーッ!!

おぞましいといえば、これほどおぞましいことはないだろう。ここまでおぞましいと、もはや笑ってしまうしかない。これはサイコホラーならぬ、ホラーコメディーなのか。劇場で笑い声を押し殺すのに苦労したのはワシだけか?

コメディー調の不幸のどん底から、キラキラのラブコメ風シンデレラストーリーへ、そして最後はサイコホラーへ。この手の転調は外国映画ではしばしば見られるものの、日本映画には珍しい気がする。

探せば粗はいくつもある。千春の結婚指輪はどこに消えたのか、とか。強引な展開も目につくし(特に後半)、千春の変化する心情も描写不足のところがある。しかし、まあ、商業映画デビュー作にして、これだけの映画を撮れば上出来だろう。渡部亮平監督の今後が楽しみである。。

土屋太鳳の追い詰められて狂気に走る姿は真に迫っていた。田中圭の良い人キャラからの豹変ぶりも特筆ものだ。

しかし、この映画で一番すごいのはヒカリを演じたCOCOではなかろうか。最初の「本当にかわいい子ねぇ~」という姿が、「な、何だこの子は!?」に変化する。天使と悪魔とはこのことだ。特に小春をあざけるシーンは圧巻。こんな小さなうちからこんな演技を見せるとは、将来が心配、いや楽しみですな。

 

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◆「哀愁しんでれら」
(2021年 日本)(上映時間1時間54分)
監督・脚本:渡部亮平
出演:土屋太鳳、田中圭、COCO、山田杏奈、ティーチャ、安藤輪子、金澤美穂中村靖日正名僕蔵銀粉蝶石橋凌
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://aishu-cinderella.com/