「私はいったい、何と闘っているのか」
2021年12月29日(水)シネ・リーブル池袋にて。午後2時35分より鑑賞(シアター2/G-4)
~一生懸命なのに空回り。中年男の笑って泣ける人情コメディー
年末といえばやはりコメディー。いや、そんなことはないか。まあ、とにかく今年最後に鑑賞したのは人情コメディー「私はいったい、何と闘っているのか」である。
お笑い芸人のつぶやきシローの同名小説の映画化。監督は「デトロイト・メタル・シティ」の李闘士男、脚本は坪田文、主演は安田顕とくれば、「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」と同じ顔ぶれだ。
ちなみに、「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」はGyao!で無料鑑賞したのだが、さすがにタイトル通りに「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしている」というネタ一発だけに、展開的に苦しいところはあるものの、コメディー映画として笑えるのは間違いない。というわけで、今回もコメディーの名手・李監督だけに相当に笑える映画になっている。
地元密着型のスーパー「ウメヤ」で働く45歳の伊澤春男(安田顕)は、スタッフの信頼も厚く、店長からも「この店の司令塔」と頼られる存在ながら役職はずっと主任のままだった。それでも家ではしっかり者の妻・律子(小池栄子)と3人の子どもたちに囲まれて幸せな日々を送っていた。そんなある日、店長が急死し、春男は職場や家庭から次の店長と期待されるが、新店長には本部から年下のさえない男が派遣される……。
この映画の特徴は、主人公の春男が妄想癖のある人物で、その脳内はいつも戦場と化していること。そのため劇中では大量のモノローグが繰り出される。ボケ、ツッコミ、心情吐露などありとあらゆる脳内の思考が、モノローグとして吐き出されるのだ。
確かにそれが効果を発揮しているところもあるのだが、個人的にはいくら何でも多すぎると感じた。わざわざモノローグにしなくても面白いし、十分に伝わるところも多い。もう少しモノローグを整理して、減らした方がいいと思ったのだが、どうだろうか。観ているうちに慣れてくるものの、最初はかなり耳障りだったのだが。
まあ、その点を除けば、よくできた人情コメディーだと思う。個性的なキャラクターによる言動が、さまざまな笑いを呼び起こしていく。なかでも主人公の春男は桁外れだ。冒頭で息子の少年野球のレギュラー争いのために「差し入れ作戦」を決行する。それは何と流しそうめん。しかし、せっかくの壮大なこの計画もうまくいかない。
そうかと思えば、長女(岡田結実)に恋人ができて家にやって来る場面では、父親の威厳を見せつけるべく「ナポレオン作戦」を決行する。だが、これもまた空回りに終わる。
ことほどさように、職場でも家でも一生懸命に頑張る春男だが、やることなすこと空回りしてしまうのだ。その姿が笑いを誘うとのと同時に、観客の共感を呼ぶ。特に春男と同世代の観客は、思わず「そうそう」「あるある」とうなずいてしまうのではなかろうか。
妄想と現実の狭間で一喜一憂を繰り返す春男を、安田顕が好演している。「愛しのアイリーン」をはじめ過去作でも印象的な演技を披露していたが、今作でも卓越した演技力とコメディーセンスを発揮して、観客を引き付ける。
中盤からは、店の品物が万引きされている可能性が浮上し、それに絡んで春男には新店の店長就任の話が舞い込む。しかし、それも思わぬことから頓挫する。
後半は、それまでの笑いとは一転。家族をめぐるドラマが描かれる。実は伊澤家にはある大きな秘密があり、それに絡んで舞台は沖縄に飛ぶ。もちろん笑いが消えることはないが、シリアスな色が強くなる。そして、終盤には春男と律子の過去が明らかになり感涙必至の場面が訪れる。
この後半に感じては、強引に泣かせにかかっている感は確かにある。とはいえ、それでも感動してしまうのだから仕方ない。李監督はじめ作り手の術中に見事にはまってしまったのである。
安田顕以外のキャストも振るっている。特に懐の広さを見せつけた妻役の小池栄子の演技は特筆もの。春男の2人の娘や太めの長男、春男がカレーを食べに行く食堂のおばちゃん役の白川和子もいい味を出している。
ついでに春男の部下役の女の人が妙な存在感があると思ったら、エンドロールを見てびっくり。なんとファーストサマーウイカだったのだ。全然気づかなかったなぁ。見事な変身ぶりだった。
何も考えずに楽しめる人情コメディーだ。笑ってちょっぴりホロリとできる。年末年始に楽しむにはちょうど良いのではないだろうか。
さてさて、これが2021年最後の映画レビューです。今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。
◆「私はいったい、何と闘っているのか」
(2021年 日本)(上映時間1時間54分)
監督:李闘士男
出演:安田顕、小池栄子、岡田結実、ファーストサマーウイカ、SWAY、金子大地、菊池日菜子、小山春朋、田村健太郎、佐藤真弓、鯉沼トキ、竹井亮介、久ヶ沢徹、伊藤ふみお、伊集院光、白川和子
*テアトル新宿ほかにて全国公開中
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